<<< JSLISトップニ戻ル || 行事案内ニ戻ル >>>

2008年春季研究集会 研究発表要旨(申し込み順)
No.1

◆氏名: 根本 彰(ねもと あきら:東京大学)、上田 修一(うえだ 修一:慶應義塾大学)、小田 光宏(おだ みつひろ:青山学院大学)、北 克一(きた かついち:大阪市立大学)、三輪 眞木子(みわ まきこ:メディア教育開発センター)、永田 治樹(ながた はるき:筑波大学)、平久江 祐司(ひらくえ ゆうじ:筑波大学)、吉田 右子(よしだ ゆうこ:筑波大学)

◆発表題目: LIPER2図書館情報学検定試験(2007年準備版)の結果分析

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     科学研究費による共同研究「情報専門職養成をめざした図書館情報学教育の再編成」(通称LIPER2)は、2006年に報告書を出して終了したLIPERの後継プロジェクトである。LIPER報告書の提言として図書館情報学検定試験の実施が述べられていたので、このプロジェクトでは検定試験の実施可能性についていくつかの側面から検討している。本研究は、この試験について試験内容や試験レベルのチェックを行うことを目的にして、模擬試験を作成し、実際にやってみた結果を分析することで、こうした試験の意義について考察するものである。
  2. 研究方法
     LIPER報告の提言に基づき、24問の5肢択一問題を作成し、これを10大学の図書館情報学教育担当者あるいは司書養成課程担当者に依頼して、受講学生に受けてもらった。受験の際にあわせて、所属学部、学年、性別、学修歴(全体といくつかの基礎的な領域)、図書館への就職希望の程度などの解答者属性をも尋ねた。これを、回収し、集計して、分析した。
     試験は2007年10月から11月にかけて、10大学の教員の授業の一環としてないしは学生を集めた場で実施された。原則として、図書館あるいは図書館情報学について学ぶのが2年目の以降の受験生を対象にしたが、一部そうでないものも混じっている。合計の受験者は549名で549枚の解答を回収した。これを分析する際には、全体の正答率、個々の問題ごとの正答率と識別指数(各問において全体の正解率の上位1/4の解答者の平均正解率と下位1/4の解答者の平均正解率の差)と解答者の属性との関係をみた。
  3. 得られた(予想される)成果
     準備試験を実施した結果としては、(1)想定した正答率には達しなかったが、平均正答率は58%ほどで分布は正規分布に近い形をしていること、(2)個々の問題の正答率は29%から89%とばらついたが、識別指数はおおむね0.3以上で全体に高く、試験としての妥当性(識別力)をもつことを確認した。また、このような試験の得点の差は、(3)学年や学修歴、所属学部、また司書職への就職希望の度合である程度説明できること、しかしながら、(4)こうした受験者の属性のなかでとくに既習歴のような学修状況に帰される要因をコントロールしても、大学別の得点に差がはっきりと見られること、が分かった。
     試験を行うことによってわかるこのような点は、試験を制度化すべきかどうかの是非を議論する際の重要な論点となるものである。本研究は、そのような議論のための基本的データを提出するものである。


No.2

◆氏名: 佐藤 翔(さとう しょう:筑波大学 図書館情報専門学群)、逸村 裕(いつむら ひろし:筑波大学大学院 図書館情報メディア研究科)

◆発表題目: 大学図書館のアウトソーシングと組織デザイン

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     近年、大学経営の効率化等の要求を背景に、国公私立を問わず大学図書館ではサービスの増強・拡大とその一方での臨時職員・派遣・業務委託・アウトソーシングなど業務の外部化の進展が著しい。しかし個別の事例報告等の多さに対し、外部委託全体の状況についての量的/質的調査やそれに基づく研究は少ない。また、大学図書館の組織再編も多く行われているが、外部委託を活用した大学図書館の組織デザインについての研究は体系的には行われていない。
     本研究では、全国の4年制大学図書館を対象に、外部委託の状況に関する質問紙調査とインタビュー調査を実施した。その調査結果に基づき、外部委託の中でも特にアウトソーシングを活用した組織デザインについて検討することが本研究の目的である。
  2. 研究方法
     第一に、文献調査と業務分析調査の結果に基づいた質問紙を作成し、全国の4年制大学を対象に委託業務内容についての質問紙調査を実施した。結果は設置主体、図書館費総額・蔵書冊数・職員数などの図書館規模、カーネギー分類における大学機能の観点からそれぞれいくつかのグループに分けて、集計・分析した。また、委託業務範囲から大学図書館における外部委託の類型化を行った。  第二に、質問紙で特徴的な回答を寄せた5つの大学(国立1、私立4)の図書館員と、外部委託請負業者(2社)を対象にインタビュー調査を実施した。主な質問項目は外部委託の目的・委託業務の運営実態・大学経営と図書館の関係・委託スタッフと専任職員の役割等である。結果はインタビュー対象ごとにいくつかのカテゴリに分けてまとめた。
  3. 得られた(予想される)結果
     質問紙調査の回収率は約51%であった。そのうち、1)約25%の大学で「オリジナル・カタロギング」が、約20%の大学で「レファレンス・サービス」が外部委託の対象となるなど、大学図書館の外部委託は業務の専門性を問わず広範囲で行われている。2)特に委託化が進んでいるのは中規模以上の私立大学で教育・学習の支援を目的とする図書館である。3)個別業務については大規模大学の方が外部委託を実施している図書館が多いが、中規模大学の方が企画・立案業務も含み図書館業務全体に外部委託スタッフが関与していることが多い。
     インタビュー調査の結果からは、1)大学図書館業務は現在ほとんどが委託可能で、実際に委託されている例もある。2)ほとんどの大学において委託の目的はコスト削減である。3)「レファレンス・サービス」など専門的な閲覧業務にまで外部委託が拡大したのはこの10年間のことである。きっかけを作ったのはビジョンを有する先駆的な大学であったが、その成功を見て真似をした大学が多かったため一気に進展した。4)委託スタッフの中には司書資格保有者など図書館の知識・経験を有する者が多い。5)入札制度のある国公立大学の受託に業者は消極的である、といったことが明らかになっている。
     これらの調査結果に基づき、アウトソーシングを活用した大学図書館の組織デザインについて考察を行う。


No.3

◆氏名: 小泉 公乃(こいずみ まさのり:慶應義塾大学大学院)

◆発表題目: 蔵書評価で用いるチェックリストの比較

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     蔵書評価のチェックリスト法における研究が数多くなされてきた。しかし,チェックリスト法に用いる際に重要となるリストの特徴について,総合的な研究はなされていない。これは,図書館員がチェックリスト法を用いて蔵書を評価しようとしたとき,何を根拠としてリストを作成するのかの総合的な指針が不在であることを示している。
     本研究の目的は,蔵書評価法のうちチェックリスト法で用いるリストの特徴を総合的に明らかにすることで,大学図書館員がチェックリスト法を用いた蔵書評価を行う際に,リストの特徴を理解した上で蔵書評価を実施することを可能にすることである。
  2. 研究方法
    2.1. 研究対象のチェックリスト
     研究の対象としたチェックリストは,(1)複数の大学図書館の蔵書目録(OPAC),(2)複数の大学図書館の蔵書目録(NACSIS Webcat),(3)経済学分野で書評された図書,(4)図書の選定事業「選定図書総目録」,(5)引用文献データ(修士・博士論文)の5つである。
     「複数の大学図書館の蔵書目録(OPAC)」は,経済学分野において科学研究費補助金を多く取得している上位校の目録からデータを取得した。「複数の大学図書館の蔵書目録(NACSIS Webcat)」は,NACSIS Webcatの経済分野の目録からデータを取得した。「経済学分野で書評された図書」は,国立国会図書館の雑誌記事索引を利用し,経済学分野で出版されている雑誌記事で書評された図書のリストを取得した。「図書の選定事業『選定図書総目録』」は,日本図書館協会が出版している「選定図書総目録」の経済分野に分類され,かつ大学生向けとされている図書のリストを取得した。「引用文献データ(修士・博士論文)」は,慶應義塾大学大学院経済学研究科の修士論文と博士論文,一橋大学大学院経済学研究科と東京大学大学院経済学研究科の博士論文の引用文献から取得した。
    2.2. 蔵書評価の対象
     大学図書館においてチェックリスト法を適用するひとつの事例として,慶應義塾大学三田メディアセンターの経済分野の和図書を対象とした。経済分野の和図書の抽出方法は,請求記号(A@33 or EC@*A)から行った。対象の出版年は,2004年と2005年とした。
    2.3. チェックリストの特徴の分析
     各チェックリストと慶應義塾大学三田メディアセンターの経済分野の蔵書目録を利用し,1)チェックリスト自体の特徴,2)各チェックリストと蔵書目録との重複率,3)各チェックリスト間の重複率から,チェックリストの特徴について総合的な分析を行う。
  3. 得られた(予想される)成果
     本研究の成果は,チェックリスト法による蔵書評価において,大学図書館員 がチェックリストの特徴を理解した上で,適切なリストを用いることが可能と なることである。


No.4

◆氏名: 榊原 真奈美(さかきばら まなみ:愛知淑徳大学大学院文学研究科図書館情報学専攻博士後期課程)、野添篤毅(のぞえ あつたけ:愛知淑徳大学)

◆発表題目: 医学雑誌論文における利益相反開示状況の変化

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     利益相反とは研究者や企業等における個人や組織の間で各種利益の取得と職務上の責務の遂行が相反する状況である。利益相反はこれらのバランスが崩れることで研究の透明性や社会からの信頼が損なわれる可能性を持つため、適切な対応が求められる。特に生物医学分野の学術研究においては、バイオテクノロジー産業の誕生や製薬産業の急成長による研究の増大や競争の激化等の環境変化が利益相反の問題を顕在化させた。近年この問題に対処するため国や大学等の学術研究機関、学協会、学術雑誌による利益相反規律の策定や利益相反マネジメントの整備が整いつつある。中でも医学雑誌における利益相反規律の設置は、世界の主要な医学雑誌の編集者の集まりである医学雑誌編集者国際委員会(International Committee of Medical Journal Editors: ICMJE)の利益相反に関する1993年の声明以降、急速に普及が進んでいる。
     本調査では、近年より厳格な利益相反規律が医学雑誌の投稿規定に導入されたことをうけ、この状況が掲載論文中の利益相反情報の報告においてどのように反映されているかどうかを検証する。
  2. 研究方法
     分析対象は主要な総合医学雑誌である5誌(New England Journal of Medicine, JAMA, Lancet, Ann Internal Medicine, BMJ)に掲載されている文献900件とした。これらの雑誌は早くから各雑誌の投稿規定に利益相反規律を導入し、近年はこれまで開示要求が原著論文のみに限定されていたのに対し、診療ガイドラインやレビュー等まで利益相反開示をすべき掲載記事の対象を広げた。またレフェリーや編集者に対する利益相反ルールや厳格なガイドラインを作成していることからも医学雑誌における利益相反に対する取り組みの中心的存在といえる。年毎の変化を検証する為1996、2001、2006年に発表された掲載記事をランダムに抽出し、また論文における利益相反開示の記事区分の広がりを同定するため原著論文、レビュー論文、レターの3つの記事区分から文献を選択した。対象論文からは利益相反開示の有無、開示内容、開示に利用されたスペースを抽出し、掲載された雑誌の投稿規定との照合を行う。  分析は論文における利益相反情報の開示状況について年毎の比較を行うことで利益相反開示がどのように変化をしてきたかを観察し、雑誌の投稿規定における利益相反規律と掲載記事における利益相反開示との相関関係を検証する。
  3. 得られた(予想される)成果
     論文に開示された利益相反情報の有無や開示内容、量を経年的に分析することで、研究者(著者)の論文における利益相反開示の変化を明らかにすることができると考える。これにより年々、論文における利益相反開示の増加、開示内容の充実といった結果が得られるものと予想している。


No.5

◆氏名: 坂本 俊(さかもと しゅん:筑波大学大学院博士後期課程図書館情報メディア研究科)、気谷 陽子(きたに ようこ:筑波大学附属図書館/聖学院大学非常勤講師)、原 淳之(はら あつゆき:筑波大学図書館情報メディア研究科)、山本 順一(やまもと じゅんいち:筑波大学図書館情報メディア研究科)

◆発表題目: 大学1年生の情報リテラシー教育の効果に関する研究 〜筑波大学総合科目「図書館情報リテラシー」〜

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     2006年にIFLAが発表した"Guidelines on Information Literacy for Lifelong Learning - Final draft"に、「情報リテラシーは、一連のカリキュラムの内容や構造に織り込まれなければならない。情報リテラシーの育成はたった一つの教育コースでできるものでなく、学習に関わる全ての組織の連携が重要である」とされたように、昨今、学校図書館、大学図書館、公共図書館などの館種を問わず、情報リテラシー教育が共通の課題として取り組まれるようになってきた。日本では、2003年4月から高校で「情報」の授業が必修科目になり、2005年度以降、大学1年生の多くが、既に基礎的な「情報利用」の素養を培ったうえで入学してくることになる。このように大学1年生を取り巻く情報環境や、情報リテラシー能力が著しく変化していると考えられるが、しかし現状を鑑みるに、大学側において1年生の情報リテラシー能力における教育ニーズの把握が充分ではない。このため本研究では、教育の現場となる大学、様々な資源を有している附属図書館とが連携し、「図書館情報リテラシー」のカリキュラムを構築し、その実践例をとおして、大学1年生の情報リテラシー能力における教育ニーズと情報リテラシー教育に関して考察する。
  2. 研究方法
     2005年度に'図書館情報リテラシー'コースウェア検討プロジェクトを発足させ、附属図書館と図書館情報メディア研究科の教職員、院生の有志が3年間にわたって月に1回の定例研究会をもち検討してきた。これらを反映させたものとして、2006年度に、『図書館情報リテラシー教本 試作版』を、2007年度に、『図書館情報リテラシー教本 2007年度版』を作成した。
     現在も引き続き、内容の精度を高めるとともに、受講生のニーズを把握し、最適な情報を選択、提供できるようにWebページを用いて補助をおこないつつ、大学の総合科目としての「図書館情報リテラシー」(Library and Information Literacy)に適したカリキュラム、テキストの検討をおこなっている。
  3. 予想される成果
     既存のテキストを用いて、それに合わせてカリキュラムを組み立てるのではなく、大学が学術情報のゲートウェイである附属図書館と連携して独自のテキストを作成し、カリキュラムを検討することによって、情報リテラシー能力における教育ニーズの把握だけでなく、その大学の研究環境を最大限に利用した情報リテラシー教育を実施することができると考えられる。


No.6

◆氏名: 天野 由貴(あまの ゆき:愛知淑徳大学大学院文学研究科図書館情報学専攻)

◆発表題目: 高校生の情報探索過程におけるメタ認知的記述の分析

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     情報リテラシー能力の育成を促進する鍵であるといわれている,メタ認知能力を育成するためのツールとして,日常的に繰り返し行われる問題解決学習の中で利用できる,生徒自らが探索行動を記録し,振り返って管理.分析するワークシートとそれに対する評価表を開発する。メタ認知能力とは,自分の認知行動を監視・抑制・管理する能力のことである。
  2. 研究方法
     ツールの開発のために,以下仮説を立て,生徒の情報探索行動の記録からメタ認知的な記述とそれに関連する要因を分析し検証する。仮説:メタ認知能力の育成は、情報リテラシー能力育成と同時期に行うことが効果的である。
     高校1年生を対象に,一人1問の問題を与え,情報探索実習を行い,その探索過程を生徒自らが振り返り,その過程についての評価を選択式のアンケートおよび自由記述方式で答える質問紙調査を行った。調査期間は,調査1:2005年9月26日〜29日,調査2:2006年4月13日〜19日である。これらの調査結果をデータ化し,メタ認知的な記述の分析に,BloomのTaxonomy,2001年の改訂版から,メタ認知に関する知識の認知過程レベルを分析レベルとして採用し,分析結果を比較し検証した。
  3. 得られた(予想される)成果
     2005年の調査では,77件(24.3%)の生徒に,2006年度においては,32件(13.7%)の生徒にメタ認知レベルの記述が見られた。このうち,新しい学習に,過去の学習経験や情報リテラシー能力を転移・応用できる,認知過程C2レベルの記述は,2005年で25件(32.5%),2006年で4件(12.5%)であった。
     本調査では、メタ認知的知識の導入をしていないが,情報探索過程を記録し振り返ることで全体の20〜25%の生徒にメタ認知的記述が見られた。このことは,情報探索過程でメタ認知知識の導入を行うことで,より効果的にメタ認知レベルをC2レベル以上に向上することができる可能性を示している。このことから,メタ認知能力の育成を情報リテラシー能力の育成と同時に行うことが効果的であると考察される。


No.7

◆氏名: 石田 栄美(いしだ えみ:駿河台大学)、宮田 洋輔(みやた ようすけ:慶應義塾大学大学院)、池内 淳(いけうち あつし:筑波大学)、安形 輝(あがた てる:亜細亜大学)、野末道子(のずえ みちこ:鉄道総合技術研究所)、上田修一(うえだ しゅういち:慶應義塾大学)

◆発表題目: 生存分析からみた学術論文PDFファイルのクローリング

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     本研究グループでは、学術情報に特化した検索エンジンの開発を進めている。これまで、ウェブ上にオープンに公開されているPDFファイルを対象として、公開されたアルゴリズムに基づく手法により、学術論文を自動識別し、検索できるシステムを開発し、このシステムに対する評価を行った。その結果、他の学術情報に特化した検索エンジンと比較すると、本システムはアルゴリズムが公開されている点で透明性が高いだけでなく、評価実験からは他に勝る精度で学術情報を識別することができ、さらに実際の学術情報の本文を入手できることが保障されている点で有用であることが明らかとなった。
     検索システムの有効性はある程度示すことができたが、次に問題となるのは、検索対象となるPDFファイルのクローリングである。ウェブ上では常に新しい情報が更新されるため、クローリングも検索システムとっては重要な要素である。クローリング手法の検討は、一般的なサーチエンジンでも課題になっており、その手法や頻度などが検討されている。本システムでは、ウェブ上の情報の中でもPDFファイルに特化しているため、一般的なサーチエンジンと同じでよいのか、または新たにクローリング手法を開発する必要があるのかを検討しなければならない。
     本発表では、クローリング手法を検討する際の前段階として、PDFファイルの生存分析を行う。ウェブ上におけるPDFファイルの動的な変化を把握することができれば、それをもとにクローリング手法を検討することができる。
     ウェブ上の情報の動的な変化を探ろうとする研究はウェブダイナミクス的観点から進められてきている。これまで、HTMLファイルに関する様々な生存調査もその観点から行われてきた。たとえば、Fetterlyらが2002年に約1.5億ページのHTMLファイルを対象に生存調査を行った事例などがある。しかしながら、最近の報告はあまり見られず、また特定のファイル形式を対象にした生存調査も行われていない。そこで、本発表では、PDFファイルの生存調査を行い、既存の研究成果であるHTMLページの生存調査と、どのような違いがあるかを分析する。
  2. 研究方法
     本検索システムの検索対象である2005年5月と11月に収集した約50万件のPDFファイルを改めてクローリングし、生存分析を行う。現在も保存でき変化していないファイルの割合、変更されたページの割合、保存できなかったファイルに関する状態などを調べる。さらに、本システムでは、学術情報を対象にしたPDFファイルを対象にしていることから、学術論文と判定されたPDFファイルとそうでないPDFファイルとの間でどのような属性の違いがあるのかを検討する。
  3. 得られた(予想される)成果
     2年前に存在したファイルの現在の生存割合が明らかになる。また、既往研究におけるHTMLファイルの生存分析を比較することによって、ファイルタイプによる生存状況の違いなどが明らかになる。


No.8

◆氏名: 長谷川 豊祐(はせがわ とよひろ:慶應義塾大学大学院)

◆発表題目: 大学図書館における館員数の変化と課題

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     大学図書館業務は,電子ジャーナルの提供や書架スペースの狭隘化対策など,機能的にも量的にも拡大を続けている。利用者サービスに関しても,大学設置基準の改正による授業カリキュラムの弾力化を反映した少人数ゼミや,多様な要求を持った学生に対する図書館利用ガイダンスによる対応など,質的・量的な拡大傾向にある。館員研修に関しては,私立大学図書館協会東地区部会研究部研究分科会への登録人数は,20年前の400人をピークに,10年前は200人,現在は100人と,業務としての研修が保障され難い状況が急速に進行している。
     業務やサービスの拡大に見合った図書館員数が確保されているのかどうかについて,ACRL"Standards for College Libraries. 1995 ed."の専任館員数を試算する公式により,「日本の図書館」2006年版のデータを用いて,館員数の現状を分析した。その結果,実際の館員数の充足率が50%以下の館が4割と,館員数を充足していない館が多い点と,大学の種別,規模,教育・研究機能,専任館員数による充足率の格差の存在が明らかになった。
     本研究では,個々の大学図書館における10年前の館員数と現在の館員数を比較することによって,今後の業務やサービス展開が人員的に可能なのかどうかを検討する基礎データとして,館員数の増減の傾向を明らかにする。
  2. 研究方法
     「日本の図書館」1996年版と2006年版のデータを用いて,個々の大学図書館における館員数の変化を比較する。「日本の図書館」に統計を提出し,10年前と現在も継続して存続している520大学の図書館を対象とする。人数の変化の傾向を分析するために,館員数の充足率の分析に用いた,大学の設置母体による種別,学部数による規模,カーネギー分類による教育・研究機能,および専任図書館員数による区分を用いる。
  3. 得られた(予想される)成果
     10年前と比較した専任職員数の割合では,9割以上の人数を確保している館は対象図書館の約3分の1,7.5割以下に落ち込んでいる館が2分の1近く存在する。専任図書館員数の減少傾向は明らかである。非常勤と臨時を加えた総館員数では,9割以上の人数を確保している館が6割,7.5割以下に落ち込んでいる館は2割である。総館員数の減少傾向は専任館員よりも穏やかである。専任館員が減少した反面,総館員数が10年前より増加している館もあり,さらに分析を進めることにより増減の傾向が明らかになることが期待できる。


No.9

◆氏名: 松田 ユリ子(まつだ ゆりこ:東京大学大学院教育学研究科)、今井 福司(いまい ふくじ:東京大学大学院教育学研究科)、奥泉 香(おくいずみ かおり:日本体育大学女子短期大学部)、立谷 衣都子(たちや えつこ:東京大学大学院教育学研究科)

◆発表題目: 雑誌文献に見る、日本の中学校におけるメディア・リテラシーの実践

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     日本におけるメディア・リテラシーについて、理論に関する文献レヴューはあるものの、実践についての文献レヴューは、中橋ら(2003)や後藤(2004)等わずかである。しかしこれらの文献は、2004年までの検討を行っているものの、小学校から高等学校までの実践を総体として扱っており、児童・生徒の発達段階に合わせた実践がどのように展開しているのかについて整理が曖昧である。さらに、実践事例の具体的な収集方法が示されていないため、現場の実践者がメディア・リテラシーをどう理解し実践しようとしてきたかという点を十分に見ることができない。我々は、2007年現在までの実践において、「メディア・リテラシー」概念が現場の実践者にどのように捉えられているかを見たいと考えた。そこで、本研究では、雑誌文献に「メディア・リテラシー」という語が初めて登場する1989年から2007年現在までの文献の中から特に中学校における実践に絞ってレヴューを行う。中学校に絞ったのは、以下の3点の理由からである。
    @)日本のメディア・リテラシー教育に影響を与えてきたイギリスを始めとする英語圏の国や州では、中等教育や後期中等教育からメディア科、あるいはメディア教育を行っているところが多い。
    A)中等教育や後期中等教育からスタートさせているメディア教育の内容を見ると、「オーディエンス概念」「ジェンダー概念」等を用いたメタ的な分析を行っている。こうした思考・学習を明示的に扱い得る学齢は、中学校段階以降ではないかと考える。
    B)メディアの種類に応じた特色を学習し、それらを産業構造等、社会・文化的視点も含めて検討させ得る学齢は、中学校段階以降ではないかと考える。
     つまり、このようにメディア教育を本格的に始められる段階は、中学校であると考えた。中学校段階を明らかにすることによって、その前後の小学校・高等学校、しいては大学におけるメディア・リテラシー教育を構造的に、系統的に検討・構想していく要とすることができる。
     これによって、1989年以降日本に導入されてきたメディア・リテラシーが、日本の教師にどのように受け入れられてきたかを確認し、今後の方向性を問い直す基盤となるはずである。
  2. 研究方法
    まず、NDL雑誌記事索引で「メディア・リテラシー」をキイワードにヒットした文献660を中心に、1989年から2007年までの日本語のメディア・リテラシーの雑誌文献を、次の4つのカテゴリーに分類した。
    @日本の学校の授業における実践
    A日本の学校の授業以外の場における実践
    B日本の学校外の実践
    C実践以外の理論研究や外国の事例紹介など
     次に、上記の研究目的で示したように、現場の教師の実践を見るため、4つのカテゴリーから@とAに対象を絞った。さらにその中から、中学校における実践を抽出しレヴューを行った。
  3. 得られた(予想される)成果
     以上の方法で抽出した実践について、実践者のねらい・教材・メディアに着目して内容を分析し、実践をとりまく背景との関係について考察し、「メディア・リテラシー」概念が日本の教師にどのように受け入れられているかを明らかにする。その結果、「メディア・リテラシー」の隣接概念である「情報リテラシー」や「コンピュータ・リテラシー」との関連も明らかになるはずである。


No.10

◆氏名: 西村 有香(にしむら ゆか:筑波大学大学院図書館情報メディア研究科)、大庭 一郎(おおば いちろう:筑波大学大学院図書館情報メディア研究科)

◆発表題目: 日本の国語科教育における読書指導の位置づけ

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     学校教育では,従来,主に国語科教育と学校図書館のふたつの側面から,読書指導についての研究がなされてきた。また学習指導要領においても,国語科での読書指導と学校図書館との連携・協力が提示され,その重要性は次第に高まってきている。しかし,国語科教育における読書指導の位置づけは曖昧な部分が多く,国語科教育と学校図書館との連携を改めて考える際に,その位置づけを過去から現在までの変遷の中で把握し,現状を踏まえた上で整理しなおす必要がある。
     そこで,本研究では,日本の国語科教育における読書指導の位置づけを取り上げ,昭和22年版の試案から平成10年(11年)までの小・中・高等学校の各学習指導要領において国語科教育における読書指導がどのようにとらえられているかを分析・考察した。
  2. 研究方法
     研究方法としては,国語科と学校図書館における読書指導に関する文献調査と,昭和22年版の試案から平成10年(11年)までの小・中・高等学校の学習指導要領の分析調査を用いた。
  3. 得られた(予想される)成果
     研究の結果,以下の事柄が明らかとなった。
    ・国語科教育における読書指導は,技能指導的な読解指導の対としてとらえられてきており,そのどちらを重視するかの議論も含め,国語科教育における読書指導についての議論は学習指導要領の改訂とともに変化していった。その中で,特に読書指導は読解指導の発展ととらえる考え方が,現在の国語科教育の底流となる考え方として定着している。
    ・日本の最初の学習指導要領である昭和22年版学習指導要領国語科編(試案)の段階から,既に国語科において読書指導の項目が掲げられていた。その位置づけは,当時の読書指導に関わる議論の影響を受け,昭和30年代以降は「読むこと」の一部,昭和50年代以降は「理解」の一部,そして現在の学習指導要領では再び「読むこと」の一部へと変化している。
    ・日本の国語科教育において読書指導に関する議論が最も盛んになったのは,昭和43年版小学校学習指導要領国語編の改訂前後の時期である。そこでは,従来読解指導に傾倒しがちであった国語科教育を改め,読書指導に重点を置くという方向へと議論が進められていた。しかし,学力低下への問題視などもあり,次期改訂の昭和52年版の各学習指導要領においては,再び読解指導の比重が大きくなっていた。
    ・学習指導要領において学校図書館の利用が項目に加えられたのは,小学校と中学校は昭和33年,高等学校は昭和35年の改訂以降であり,当初の位置付けは資料や教材と並列して提示されていた。そして,平成元年以降,学習センターや読書センターといった,機能そのものの活用へとその記述が追加されていった。
    ・学習指導要領の国語科において,読書指導を行う際に活用すべき場として学校図書館が提示されたのは,小学校は昭和43年,中学校は昭和44年,高等学校は昭和45年の改訂が最初である。昭和50年代の版ではその記述にほとんど変化は見られないが,平成元年以降の小・中学校学習指導要領においては,読書指導だけでなく国語科の指導全体で学校図書館を活用することが項目として追加されるようになった。これは現在の平成10年(11年)の版においても継続されている。


No.11

◆氏名: 藤野 寛之(ふじの ひろゆき:聖トマス大学文学部)

◆発表題目: Aslibにおける情報活動の変遷:その成立過程と研究団体への転換の意義

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     1924年にイギリスで発足したAslib(1948年までは「ASLIB」)の活動は,わが国でもその刊行物や活動内容で広く知られている。本研究は,Aslibの80年余の変遷の経緯を第二次世界大戦をはさんだ二つの時期に分け,この組織の各活動を取りあげ,それぞれの活動の意義を検証する試みである。20世紀初頭にまで遡ってこの流れを研究する方向は,最近,デーブ・マディマンその他も取り組んでいるが,本研究ではAslibの活動,特にLibrary Association(LA)との関わり,および,情報活動の図書館界への寄与を中心に取りあげる。
  2. 研究方法
     本研究は,1)Aslib成立の経緯とその名称,特に産業界の学協会と「情報部門」がAslib創設の中核であり,図書館員の職業集団であったLAとの合併が実現しなかったこと,すなわち,Aslibは「専門図書館および情報機関」のために成立した協会であり,公共図書館の産業部門の活性化を主要な目的として成立したアメリカのSpecial Libraries Associationとは成立の経緯が異なるものであったこと,2 )第二次世界大戦期のドイツの技術情報を国内の関係団体に斡旋するサービスが高い評価を受けていたこと,3)学術雑誌 Journal of Documentation の刊行とセミナーの開催,特にこの刊行物により「ドキュメンテーション」という言葉がAslib会員により定着し,イギリスは「ドキュメンテーション研究」の世界的な中核組織となったこと,以上のテーマを取りあげ,検討する。本研究はすべて,イギリスの図書館や情報機関,各種委員会報告等の文献の調査から成り立っている。
  3. 得られた(予想される)成果
     発足当初から「専門図書館と情報機関」との一体化したサービスを視野に入れていたAslibは,第二次世界大戦後はその活動を情報提供の「クリアリングハウス」から「研究発表の場を提供する」方向へと移行していった。発足後には三度にわたりLAとの合併案が持ちあがっていたが,現在もAslibは「独立した組織」として活動を続けている。このことから,組織の変遷を通しての情報活動のケース・スタディを見つめることができるとともに,イギリスにおける「図書館と情報」についての視点を検討しなおすことができる。Aslibにより,イギリスでは,すでに1920年代に「図書館と情報」を一体化したサービスを視野に入れていた。LAとAslibの関係からは「図書館と情報」という概念をC・P・スノーの言う「2つの文化」という意見の対立とは別の見方でとらえることができる。さらに,1973年に設立されたBritish Libraryの実現に対してAslibの貢献が大きかった点も指摘できよう。


No.12

◆氏名: 松林 正己(まつばやし まさき:中部大学附属三浦記念図書館)

◆発表題目: 図書館情報学研究におけるネオプラグマティズム(リチャード ローティ)受容とその評価の試み

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     昨年逝去した哲学者リチャード ローティ(Richard Rorty)のネオプラグマティズム思想が、図書館情報学(以下LIS)研究に具体的に受容され、実践されつつある。その動向と特徴を調査し、LISと哲学の関係性と意義を検討する。
  2. 研究方法
     関係文献を引用索引でレビューし、ローティ研究の視点で解釈と評価を加える。
    i)引用索引DBによる文献レビュー
     査読誌に掲載された論文を対象に文献調査をWeb of Scienceで実施した。1月12日現在で2711件が確認される。このうちLIS領域に関わる論文は8件が確認される。所謂情報学(Information Science or Informatics)のみに関わる論文を除き(適用する準拠枠が異なるため)、LIS論文に限定する。特定された3本を中心に、ネオプラグマティズムがどのように扱われているかを検討する。
    [対象論文] 1)Sundin, O. & Johannisson, J. Pragmatism, neo-pragmatism and sociocultural theory - Communicative participation as a perspective in LIS In: JOURNAL OF DOCUMENTATION, 2005, 61(1) p.23-43
    2)Atkinson, R. Contingency and contradiction: The place(s) of the library at the dawn of the new millennium. In: JOURNAL OF THE AMERICAN SOCIETY FOR INFORMATION SCIENCE AND TECHNOLOGY, 2001, 52(1) p.3-11
    3)Zwadlo, J. We don't need a philosophy of library and information science - We're confused enough already. In: LIBRARY QUARTERLY, 1997, 67(2) p.103-121
    ii)既存モノグラフ文献で評価
     LISにおける哲学的研究の文脈に配慮してパトリック・ウィルソン(Second-hand knowledge: an inquiry into cognitive authority, 1983)とジョン・M・ブッド(Knowledge and Knowing in Library and Information Science A Philosophical Framework, 2001)の解釈や批判を検討する。
    iii)総合的な動向と評価
     検討する視点は、ローティの認識論的行動主義、会話(Conversation)と相対主義(Relativism)の3つの鍵概念の取り扱い方におく。
  3. 得られた(予想される)成果
     ローティを最初に評価したウィルソンの功績は、その後Zwadloが引用するまでは全く認知されていない。それは根本彰(文献世界の構造: 書誌コントロール論序説, 1998)が指摘するとおりウィルソンの著述様式の難解さが研究者を遠ざけたと想定される。ブッドなど北米系の解釈は、議論の正当性を認めつつも、伝統的な哲学的解釈の境界を越えてはいない。かえって北欧の研究者らの研究が実用的な利用可能性を既に実験しており、ローティの有効性を正統に実践している、と言える。


No.13

◆氏名: 宮田 洋輔(みやた ようすけ:慶應義塾大学大学院)

◆発表題目: 日本の図書館目録における書誌的家系

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     近年,図書館目録の改善がさかんに議論されている。Batesは,LCの「Web情報資源の書誌コントロールに関するLCアクションプラン」に提出した報告書『図書館目録と情報ポータルへの利用者アクセスの向上』(2003)で,図書館目録の改善案として「利用者アクセス語彙の構築」,「書誌的家系(Bibliographic family)によるリンク」,「情報アクセスの段階化」の3つを提案した。本研究ではこの中の「書誌的家系によるリンク」に着目し研究をおこなった。
     書誌的家系とは,Richard P. Smiragliaが提唱している概念で,「共通の祖先から由来する全ての著作の集合」と定義されている。書誌的家系は,著作の派生関係によって形作られる。たとえば,中上健次の著した『千年の愉楽』とその仏語訳である"Mille ans de plaisir : roman"とは,「翻訳」という種別の派生関係によってつながり,家系を形成している。著作のこのような性質を用いてほかの資料へのリンクを提供することで,図書館目録の集中機能とナビゲート機能とを強化することができる。
     これまで欧米ではSmiragliaやLeazer, Petekによって書誌的家系の調査がおこなわれているが,日本の図書館目録を調査した事例はない。本研究は,日本の図書館目録に現れる書誌的家系の実態を明らかにすることを目的する。
  2. 研究方法
     日本の図書館目録中に現れる書誌的家系の実態を明らかにすることを目的として,Smiragliaらの先行研究で用いられてきた標本調査法を用いて,調査をおこなった。
     具体的な調査課題は,1)派生をもった書誌的家系がどれくらいの割合で存在するか?,2)書誌的家系の大きさはどれくらいか?,3)派生の関係種別はどのように分布しているか?,4)先行研究と比較して日本の図書館目録に現れる書誌的家系に固有の特徴はあるのか?,の4つである。
     標本調査法は,次の手順で行う。1)J BISCに収録された2005年1月までの書誌レコードを標本の抽出枠とした。2)抽出枠から無作為抽出によって1,000件の標本レコードを得た。3)複数の著作を含んだ出版物を記述したレコード・目録中により古い家系の構成著作が含まれる著作を除去することで,標本レコードから著作の標本を構築した。4)著作の標本に含まれた各著作に対して,Webcat PlusとNDL-OPACとを用いて家系の構成レコードを網羅的に探索した。以上の手順で得られた書誌的家系に対して,分析をおこなった。
  3. 得られた(予想される)成果
     調査の結果,26%の書誌的家系に派生がみられた。日本の図書館目録中に現れる書誌的家系の実態を明らかにしたともに,先行調査の結果との比較を通して,書誌的家系という著作の性質がもつ「普遍性」の側面が明らかになった。


No.14

◆氏名: 魚住 真司(うおずみ しんじ:関西外国語大学 外国語学部)

◆発表題目: 公共図書館における情報発信教育と実践  〜米パブリック・アクセス制度と公共図書館のコラボレーションに見る市民メディアのかたち〜

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     日本の図書館、とりわけ公共図書館はどれだけ人々が自ら情報収集し、それに基づいて「市民としての判断」を下し、そして情報発信を行うところまで手助けできるようになったであろうか。どれだけ情報の「受け手」が「送り手」化することを支援してきたであろうか。日本における情報リテラシー教育への図書館の参画は、大学図書館では積極的に取り組まれているが、一般的に公共図書館は遅れをとっているのではないだろうか。
     デジタル・メディアの普及とともに、日本人にも情報発信する機会は確かに増えた。しかしながら、参加型民主主義がいまだ未成熟な社会にあっては、テレビをはじめとする既存のマスメディア(=これまでの情報の「送り手」)は、こぞってネット上の「有害」情報を糾弾し、既存メディア以外の「送り手」(例えば、いわゆる「市民メディア」)は「モラル欠如」かつ「無責任」であるかの如き喧伝し、ひいては人々を「受け手」の地位に留めようとする印象すらある。
     そのような、いまだ固定化され続ける「送り手」・「受け手」の役割にまつわる壁を壊し、「人々にとって真に必要な情報とは何か」についての教育を人々に施し、ひいては参加型民主主義を発展させる能力を、図書館は本来持っているはずである。しかしながら、それを可能にする技術力は日本にあっても、それを育む人材や支援する制度が、日本の図書館には不足していると思われる。
     米国の公共図書館とパブリック・アクセス制度のコラボレーションに学び、日本の情報発信者育成の方策ならびに参加型民主主義実現への手がかりを見つけたい。
  2. 研究方法
     発表予定者は、昨夏、米国Indiana州Fort Wayne市にあるAllen County Public Library(=ACPL、アレン郡公共図書館)を訪ね、同館内に開設されているAccess Fort Wayne(同地のアクセス・センター=市民メディア制作支援のための施設)を視察し、市民がどのように情報発信者として教育され、かつ実践がなされているのか、複数の関係者に面接調査を実施して、その歴史と現状を取材した。また、同施設の「利用に関する実態調査報告書」を入手し、同施設に対する市民の認知度や利用実態を把握した。また、法制度面の理解を深めるために行政・法制度面の関連資料の収集にあたった。また、一昨年にはMichigan州Grand Rapids市の公共図書館を訪問し、上と同様の調査を実施した。
  3. 得られた成果
     米国の連邦パブリック・アクセス制度(「1984年ケーブル法」ならびに「1972年連邦通信委員会規則」)が、同地域における情報発信教育・実践に対し、多くの支援と相乗効果を提供していることがわかった。情報発信者教育については、その教育を施すことのできる「育成者」が必要なわけであるが、それらの人材を生み出すには、法制度面の整備ならびに支援が急務であることを認識した。


No.15

◆氏名: 河村 俊太郎(かわむら しゅんたろう:東京大学大学院教育学研究科)

◆発表題目: 東京帝国大学の図書館組織における商議会の役割及び部局と中央館の関係について

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     東京帝国大学は、戦前における日本の大学の中で、学問の中心として、また大学のモデルとして多大な影響力を持っていた。図書館も日本最大の規模を誇り、専門職である司書の導入など先進的な試みを行っていた。だが、東京帝国大学は巨大な組織であり、かつ部局ごとの独立傾向が強いため、図書館も中央館以外に多くの部局図書館が存在した。それらは部局ごとに独自の運営を行っており、中央館との間には大きな断絶があったとされ、戦後大きな問題として取り上げられた。
     そういった当時の状況において、各部局の教官と図書館長が一堂に会し、図書館規則の制定及び改廃、中央館内の研究室貸出の許可などを審議する機関として図書館商議会が設立された。本発表ではこれまで詳しく論じられてこなかったこの商議会に焦点を絞り、その実態について見ていく。さらに商議会を通して、その背後にある図書館の組織、特に部局と中央館との関係がどのようなものであったのかを検討し、東京帝国大学における図書館像の一端を明らかにする。
  2. 研究方法
     図書館商議会は、明治32(1899)年に成立しているが、図書館が関東大震災の被害にあったためそれ以前の資料はほぼ失われてしまっている。そこで本発表では、東京大学総合図書館に現存している、関東大震災以降における商議会の議事録の下書き、清書、さらに配布された資料などが掲載されている『図書館商議会記事』のうち、大正12(1923)年9月27日から昭和20(1945)年3月16日までの61回分の商議会の記録を中心に検討する。
  3. 得られた成果
     商議会における議題としては、図書館規則の改正、図書館内の研究室貸出の許可についてなど規則で明文化されていた議題が多かった。だがそれ以外にも、中央館における分類規則の改正の際に、部局が提案した小項目の内容を審議するなど、中央館の専門的な運営に関する議題も扱われていた。さらに、中央館のみではなく、部局と中央館との協力、部局における洋雑誌の購入、部局で購入した図書の登録手続きなど部局図書館に関わる事項もたびたび審議されており、中央館と部局間の関係の改善が図られていた。
     だが、部局図書館に関する審議の中では、図書館長が商議員ではなくオブザーバーであり、また部局内での図書の中央管理が進んでいる経済、法学部と、部局内でも管理が分散している理学部、文学部の間での違いなど部局ごとの慣習にあった方針に対応することが強調されており、中央館の部局に対する影響力は必ずしも強いものではなかった。そのため、洋雑誌の統一購入など中央館による部局のとりまとめも「受動」的な立場でしか行えず、さらには商議員から中央館による部局の運営への関与を否定する意見も出されていた。だが、逆に図書館の分類改正が商議員から提議されるなどの部局側からの中央館へのアプローチは見受けられた。


No.16

◆氏名: 松原 貴幸(まつばら たかゆき:東京大学大学院教育学研究科)

◆発表題目: 1970年代初頭の図書館員の専門性に関する議論--図書館学教育基準委員会と図書館員の問題調査研究委員会--

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     1959年に日本図書館協会内に設置された教育部会では,図書館法(施行規則)の改正(68年,96年)を含め,図書館学教育に携わってきた。しかし,1972年の図書館学基準委員会の作成した試案は図書館員の問題調査研究委員会(以下図問委)をはじめとする図書館界の反発を受けて頓挫している。
     神本は当時の批判記事から批判の論点を抽出しているが,そのような考え方の違いがどこに存在しているかについての記述はなされていない(神本,1974)。 また図問委に関しては,同委員会「図書館員の専門性とはなにか」と題される文書について薬袋が詳述している(薬袋,2001)。しかし,同委員会と教育部会との見解の相違についてはこれまで検討されていない。
     本研究では,図書館学教育基準委員会「図書館学教育改善試案」および図問委「図書館員の専門性とはなにか」(中間報告・最終報告)に至るまでの経緯から両者の相違を検討する。そこから,1970年代初頭における司書資格の制度化について考察を加える。
  2. 研究方法
     本研究では,両者の図書館員の専門性の違いについての考え方の違いに焦点を当てる。そのため図書館員の専門性についての考え方,資格制度についての考え方の両者の基本的な考え方を専門性の観点がどのように形成されたかについての検討に始まる。そのためにそれぞれの試案・報告書に至るまでのバックグラウンドから文献検討を行う。
     次いでそれぞれの考え方を踏まえ,専門職制度と専門性の観点から両者の比較を行う。
  3. 得られた(予想される)成果
     まず,専門性については次のような相違が見られた。図問委は図書館員の専門性について,利用者との関係性を強く打ち出す一方,教育部会大学の自主性に任せたがために表面的には技術教育偏重の程度が高いととられていた。次いで資格認定について(制度)は,講習制度に対する批判的見解は基本的に両者一致しているが、対処法に相違が見られた。図問委-では就職の間口の拡大を優先しようとし,教育部会では講習廃止を試案の基軸に据えていた。資格認定の主体の主体についても相違が見られた。教育部会では法的処置・文部省による認定を重視している一方,図問委では日本図書館協会による認定を目指していた(しかし図問委ではこの処理を専門職委員会に委嘱していることは薬袋も批判している)。
     これらのことから,必ずしもどちらかが専門職制度の実現を拒否している,もしくは専門職の文化が定着していないと言い切ることはできない。それらの実現の具体的な方策が異なっていたと結論することができよう。


No.17

◆氏名: 今井 福司(いまい ふくじ:東京大学大学院教育学研究科)、平久江祐司(ひらくえ ゆうじ:筑波大学大学院図書館情報メディア研究科)、安藤友張(あんどうともはる:九州国際大学経済学部)

◆発表題目: 1930年代〜40年代のアメリカ南部における学校図書館専門職養成  -LIPER2 学校図書館班調査報告-

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     本研究は,占領期日本の学校図書館改革において特に専門職養成の観点から影響を与えたと言われる,アメリカ,特に南部における学校図書館専門職養成の歴史を検討した。先行研究で明らかなように,アメリカの学校図書館制度は,日本の学校図書館制度が形成された占領期において,多大な影響をもたらした。
     例えば,文部省とCIEが協同して作成した『学校図書館の手引』では,アメリカ・日本の双方の蓄積が用いられ,学校図書館の運営や活動について幅広く定義されているが,執筆にあたってはノースカロライナ州の手引き書が参考にされたことが明らかになっている(中村百合子. 『学校図書館の手引』にみる戦後初期の学校図書館論の形成. 図書館情報学会誌, 2005, Vol. 51, No. 3, p. 105-124.)。また,学校図書館法に基づく学校図書館協議会によって,日本で初めての学校図書館基準が作られているが,その基準作りにおいて,アメリカの南部中等教育協会(Southern Association of Colleges and SecondarySchools)の基準が参考にされたことが示唆されている。(中村百合子. 占領下日本における学校図書館改革: 初期から中期の日米の協働の分析. 東京大学大学院教育学研究科, 2006, 博士論文)このように,日本の学校図書館専門職のルーツを探る上で,アメリカの影響について考察することは欠かせない。
     しかしこれまで,『学校図書館の手引』や学校図書館基準でアメリカの南部中等教育協会や,ノースカロライナ州の実践などが参考にされたと言われながらも,こうしたアメリカ南部に焦点をあてた歴史についてはそれほど研究されてこなかった。そこで,本研究では,従来十分に検討されていない,1930年代から1940年代のアメリカの学校図書館専門職養成の状況,特に南部での状況について明らかにし,アメリカ学校図書館制度の日本への影響,特に専門職養成においての影響を考察するための土台を提示することを目的とする。なお,本研究はLIPER2学校図書館班の調査の一環として行われている。
  2. 研究方法
     本研究では,1930年代にPeabody Journal of Education誌に掲載された,南部各州での学校図書館の取り組みを各州の担当者が紹介した雑誌記事ならびに,ALAの図書館教育部会が調査,発行していた州ごとの学校図書館専門職の認定基準調査の1937年版ならびに,1942年版を使用し,文献検討による研究を行った。
  3. 得られた(予想される)成果
     本研究での検討の結果,1930年代から40年代のアメリカ南部では,南部全体で学校図書館基準の作成や,制度の整備が進められていた。特に日本で参考にされたといわれるノースカロライナ州では,学校図書館監督官を設置し,専門職の養成基準の策定を進めるなど,活発な取り組みを行っていた。しかし,州によって状況は異なり,監督官が置かれない州や,養成に規定のない州が存在するなど,州によって対応に差があったことが分かった。


No.18

◆氏名: 安形 麻理(あがた まり:慶應義塾大学文学部)、石川 透(いしかわ とおる:慶應義塾大学文学部)、上田 修一(うえだ しゅういち:慶應義塾大学文学部)、田村 俊作(たむら しゅんさく:慶應義塾大学文学部)

◆発表題目: 日本における読書画像と読書史

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     読書する人を描いた絵画、挿絵、彫像などの図像(以下「読書画像」)は、しばしば読書史や書物史の傍証として引用されてきた。読書画像は、読書の実態を知るうえで非常に貴重な資料である。一方、全ての読書画像を読書の実態の忠実な反映だととらえると問題が生じる可能性がある。近年、欧米では読書画像そのものへの関心が高まっており、特に女性読者を描いた読書画像を対象とする研究が各地で始まっているが、日本の読書画像については研究が進んでいない。
     発表者らは、2006年に、西ヨーロッパの読書画像を収集・分析し、読書史研究から導いた読者・読書の類型と対照させる研究を行った。その結果、西ヨーロッパにおいては読書史研究が描く読者・読書の類型と読書画像は必ずしも常に対応しているわけではなく、読書画像が常に同時代の読書の実態を反映しているわけではないこと、読書画像にされにくい種類の読書行為があることが明らかになった。
     そこで、本研究では、日本における読書画像を研究対象とし、読書史が描き出してきた読書行為がどのように、またどの程度まで読書画像に反映されているのかを検証する。そこから、読書史と読書画像との関係を明らかにすることを目的とする。
  2. 研究方法
     以下の手順で研究を進めた。
     1. 日本を対象とした読書史研究から、時代ごとの読者・読書の類型を整理する。
     2. 読書画像を収集し、描かれている読者・読書の仕方を分析する。網羅的収集を目指すのではなく、よく知られた図像を中心に、12世紀(平安時代)から20世紀半ばまでの浮世絵・本の挿絵・絵画・写真などから収集した。
     3. 収集した読書画像を独自にデータベース化した。その際、読書の主体・人数・属性、読書が行われている場所や時、読者の姿勢や本の持ち方、読んでいる対象の数・形態・大きさ、読書の小道具などの詳細な項目を設定した。
     4. 読書史から導いた読者・読書の類型と読書画像を対照させ、書物史の研究成果も手がかりとしながら、分析を行う。
  3. 得られた(予想される)成果
     音読・黙読の区別、読者の性別や社会階層による差異、読書の様式(真面目な読書と娯楽のための読書など)、読書に対する社会の評価の変化、などが読書画像にどのように表現されているかを分析し、読書画像がどの程度読書の実態を反映しているかを検討することができた。そこから、読書史研究で描き出されてきた読者像と読書画像との関係を明らかにし、日本における読書画像に着目する意義を示すことができると期待できる。
     また、西洋の読書画像の分析結果と比較すると、読書の場所や姿勢、集団での読書、女性の読書の描かれ方などに差があったことから、読書画像を解釈するうえでの留意点を確認することができる。


No.19

◆氏名: 市古 みどり(いちこ みどり:慶應義塾大学文学研究科/慶應義塾大学理工学メディアセンター)

◆発表題目: 教育評価研究に基づく情報リテラシー教育の評価研究の批判的検討

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     米国大学・研究図書館協会(ACRL)の「高等教育のための情報リテラシー基準」は、到達目標を基準とし、それに達したかどうかを評価する、いわゆる「到達度評価」のうち、ことに単元の途中で学生たちが到達目標に達しているかを確認する、ブルーム理論に基づく「形成的評価」に適した形で組み立てられていることを指摘した1)。しかし、形成的評価による評価の限界は、測定学上および教育学上から指摘されているように、情報リテラシー教育の最終的目標である、知識や技能を活用し、自立して問題や課題を解決するために必要な思考力、判断力、活用力を評価できないところにある。教育学領域では、この欠点を補うための評価法の研究・開発が進んでいる。本研究では、最近の教育学における評価研究の動向を整理し、それをもとに情報リテラシー教育の評価事例研究を批判的に吟味する。
  2. 研究方法
    1.2003年にACRLから出版されたAssessing Student Learning Outcomes for Information Literacy Instruction in Academic Institutionsは、米国における情報リテラシー教育の評価に関する研究の成果が集約されている。この成果およびその後の評価研究の文献調査を行い、研究情報リテラシー教育の効果に関する研究動向を整理する。
    2.情報リテラシー教育評価のための概念設計を行うために、到達度評価研究の問題点を明らかにし、到達度評価以降に教育学領域で議論されている教育効果の評価方法を整理する。
    3.国内外における情報リテラシー教育の評価に関する事例研究が、教育学における評価研究に対応あるいは関連しているのかを対比させることにより、情報リテラシー教育の評価研究の水準と課題を明らかにする。
  3. 予想される成果
     情報リテラシー教育の評価事例研究が、教育学における評価研究に従い、それに同期した形で進展しているかを確認することができる。評価の目的やその方法といった観点から実際に行われた評価事例を見ることによって評価研究の実態を明らかにすることができる。

    1)市古みどり.大学の情報リテラシー教育で実施可能な教育評価法.2007年日本図書館情報学会春季研究集会.大阪市立大学梅田サテライト.2007.3.31.


No.20

◆氏名: 後藤 宣子(ごとう のぶこ:愛知淑徳大学文学部図書館情報学研究科)

◆発表題目: CiNiiにおける人文・社会科学分野論文

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     国立情報学研究所が提供するCiNii(NII Scholarly and Academic Information Navigator)は、国内最大級の論文データベースである。人文・社会科学分野での論文目録データベースは、さまざまな理由から、これまで、網羅的な検索が行えない状況であったが、CiNiiによって人文・社会科学分野の論文検索が容易になると期待されている。今後、人文・社会科学分野の利用者も増加すると考えられる。しかし、研究者が利用するとき、CiNiiは利用者の要求に応えているだろうか。
     本調査では、人文・社会科学研究者が利用できるデータベース構築への第一歩として、ReaD(研究開発支援ディレクトリ)記載の論文情報を基に、CiNiiと人文学分野データベースでの雑誌収録状況の調査・比較を行う。
  2. 研究方法
     今回の調査では、日本文学・日本史を対象とした。調査時点(2007年12月)、ReaD研究者情報に所属が明らかである教授・助教授・準教授、「研究業績(論文・解説)」の記載がある研究者から抽出し、日本文学160人(母集団の約1割)日本史110人(母集団の約1割)を調査対象者とした。ReaDに記載された人文学分野研究者の論文情報を基本情報として、CiNii、国文学論文目録データベースなどの収録状況について、以下の点の調査・比較を行う。
    1.ReaD研究者情報「研究業績(論文・解説)」記載論文情報の傾向を分析
    2.ReaD記載論文が、CiNii、国文学論文データベースなどに収録されているか
    3.ReaD記載論文収録誌が、CiNii等データベースでどのように収録されているか(ReaD記載の論文は、古い年代の論文も多く含まれると予想されるので、該当巻号以外の収録状況を調査)
  3. 得られた(予想される)成果
     人文・社会科学分野でのCiNii収録対象誌は、人文学分野の要求に充分応えているとは言い難い。基本情報としたReaD記載論文を、CiNiiですべて見つけることは出来ず、その分野で主要とされている学術雑誌であっても全論文を収録していない例もあり、おおよそ1990年代を境に、論文が収録されていないことが多くなった。さらに、雑誌記事索引データベースとNII-ELSの収録方針の狭間に入るような雑誌も存在した。CiNiiの収集方針上難しい点もあるだろうが、各データベース間を埋める努力が必要となるだろう。
     日本語文献を研究目的で使用する利用者はどの分野に所属すると捉えるか、科学技術分野での利用を中心に開発されてきた従来の論文検索技術とデータベース構築ではなく、人文・社会科学分野をも含めた学際的なデータベース構築を視野にいれるのか、現在、CiNii構築の方向性が不明瞭である。人文科学者の情報要求に応えられるデータベースの構築が急がれる。


No.21

◆氏名: 杉江 典子(すぎえ のりこ:駿河台大学文化情報学部)

◆発表題目: 公共図書館における利用者の情報探索行動:半構造化インタビューに基づく質的分析

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     本研究では,利用者が公共図書館をどのように利用して自らの求める情報を探索し入手しているかを明らかにすることを目的としている。図書館は利用者の情報探索に備えて情報源を組織化して提供するとともに各種のサービスを提供し利用者の情報入手を支援している。本研究では利用者が公共図書館の用意している情報源やサービスのうち何をどのように利用して情報を探索しているかに焦点をあてる。先行研究が乏しいことから今回はその第一歩としてこれらを分析するための観点を導くこと,また今回事例における全体的な傾向を明らかにすることを目指している。
  2. 研究方法
     本研究のような調査前に質問項目を明確に設定することが難しい探索的,発見的な研究では,直接利用者から詳細な情報を聞き出すことのできる半構造化インタビューが最適であると考え,2005年から2007年に公共図書館4館の常連利用者計35名へのインタビューを行った。情報探索のための環境が整った図書館であることを条件として調査対象図書館を決定し,利用者の紹介を依頼した。
     インタビューは,調査対象者一名につき1時間から2時間程度行った。会話は録音し,後日音声をテキスト化し,インタビュー中の調査者によるメモと合わせて分析の対象とした。音声のテキスト化と,データを分析しカテゴリを構築する作業をインタビューと同時進行で進め,カテゴリ化とその修正,補強を順次繰り返した。
     利用者への主な質問内容は,@調査対象者に関する基礎的情報,A日常の図書館利用,B日常図書館でどのような情報探索を行うことが多いか,C情報入手までの具体的なプロセスと使用したツール,D図書館のサービスやレファレンスコレクションを認知しているかなどとし,会話の中からこれらを引き出せるように質問を行った。
  3. 得られた(予想される)成果
     利用者がどのようにして情報を探索しているかを知るための観点として,探索に対する認識や知識,情報ニーズの状態,探索手段,探索行動のパターンなどの項目が得られている。さらに利用者の探索に対する認識が探索手段に影響を与えること,情報ニーズの状態が探索行動のパターンに影響を与えること等の相互の関連も明らかになっている。さらなる分析を繰り返すことで得られた結果を補強し,公共図書館の利用者が図書館でどのように情報探索を行っているかについてより詳細な説明が可能になると考えている。


No.22

◆氏名: 作野 誠(さくの まこと:愛知学院大学歯学・薬学図書館情報センター)

◆発表題目: 米子市立図書館来館者の図書館サービスの認知状況と満足度及び図書館イメージの関係に関する考察

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     平成11年に実施した事例研究による利用者調査の分析から、図書館サービスの認知状況と満足度並びに図書館イメージに関する仮説の導出を試みた。しかし、結果は、現状の記述の域を出ず、仮説の導出には至らなかった。その後、図書館サービスの認知状況と総合的満足度及び図書館イメージに関して再度整理・検討し、次のような仮説を設定した。
    仮説1.図書館の好イメージは図書館の総合的満足度が高まれば高くなる。
    仮説2.図書館の総合的満足度は、個々のサービスの満足度が高まれば高くなる。
    仮説3.図書館サービスの認知状況が高まれば、総合的満足度も高くなるが、一般的な図書館サービスを知っている多数の利用者より、特殊な図書館サービスを知っている少数の利用者の方が総合的な満足度が高い傾向が窺える。
    仮説4.利用頻度が高まれば満足度も高まる傾向にあるが、必ずしも毎日図書館を利用している利用者の満足度が高いとはいい難い。
     この仮説を検証するために、平成13年8月に米子市立図書館で来館者調査を実施し、その検証を試みたが充分な考察ができないままに時間が経過した。また、仮説の妥当性にも疑問を抱くようなった。そこで平成19年8月11日に再度米子市立図書館で来館者調査を実施し、その結果を考察し、仮説の検討と検証を行う。
  2. 研究方法
     米子市立図書館の来館者調査の結果を分析し、考察する。調査は、開館時から図書館の入り口で来館者に調査用紙400枚を配布し、199枚が回収できた。そのうち198枚が有効回答であった。調査項目は平成13年に実施したものと全く同じで、@利用頻度、A好感度、Bサービスの認知状況、C個々のサービスの満足度、D表層サービスの満足度、E総合的満足度、Fイメージの7項目とし、回答者の属性も尋ねた。
     調査結果を以下の点について改めて分析し、明らかにする。
    1.図書館のイメージと図書館の総合的満足度の関係
    2.図書館の総合的満足度と個々のサービスの満足度の関係
    3.図書館サービスの認知状況と総合的満足度の関係
    4.利用頻度と満足度の関係
  3. 得られた(予想される)成果
     調査結果を単純に比較すると、今回の調査でも米子市立図書館に対しては、「親しみやすい」というイメージが一番多く、悪イメージより好イメージの回答者が多かった。しかし、米子市立図書館を「嫌い」とする回答が今回の調査では若干増えていた。また、サービスの満足度が前回の調査に比べて低下しているように思われる。分析結果の考察によって、その要因が明らかになり、また仮説が検証できれば、図書館を好んで利用する利用者を増やすための経営戦略の策定が可能になる。


No.23

◆氏名: 松林 麻実子(まつばやし まみこ:筑波大学大学院図書館情報メディア研究科)、歳森 敦(としもり あつし:筑波大学大学院図書館情報メディア研究科)、千葉 聖子(ちば せいこ:筑波大学図書館情報専門学群)、池内 淳(いけうち あつし:筑波大学大学院図書館情報メディア研究科)、永田 治樹(ながた はるき:筑波大学大学院図書館情報メディア研究科)

◆発表題目: インターネット調査を用いた書店利用行動の分析: オンライン書店とリアル書店利用の実態

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     インターネットが普及し,オンライン書店が日本に出現してから10年余りが経とうとしている.2000年にサービスを開始したアマゾン・ジャパンの影響もあり,近年,オンライン書店は一般的なものとして受け入れられつつあるように思われる.オンライン書店は,リアル書店の持つ機能をウェブ上で実現したものであると同時に,現物を手にとることができないという欠点を解消するために様々な情報提供サービスを行っている点に特徴がある.このような特徴を持つオンライン書店が普及することで,人々の書店利用行動に何か変化が現われるのではないかと考えた.
     そこで,本研究では,一般の人々を対象として,リアル書店およびオンライン書店をどのような形で利用しているのかという行動様式に焦点をあて,書店利用実態を明らかにする.そして,人々の読書行動や書店利用行動がインターネットの影響を受けて変わりつつあるのかどうかについて考察する.
  2. 研究方法
     本研究では,(1)リアル書店およびオンライン書店を利用していることがはっきりしている人々について,その行動様式を明らかにすること,(2)書店利用パターンごとに分けた集団を個人の属性から特徴付けること,の2点を意図していたため,インターネット調査でデータを収集した.Yahoo!リサーチを用いて,2007年12月上旬に調査を実施した.はじめにスクリーニング調査を行い,書店利用頻度をたずねることで「リアル書店のみを利用する者」「オンライン書店のみを利用する者」「両書店を併用する者」の3つのグループを作成し,1:1:2の比率になるように本調査の調査対象を決定した.本調査での回答者は「リアル書店重視派」(270名),「オンライン書店重視派」(280名),「併用派」(566名)の計1116名である.本調査の調査票は(1)個人の属性,(2)読書行動,(3)書店利用実態をたずねる設問(計28問)から構成されている.
  3. 得られた(予想される)成果
     「リアル書店重視派」および「併用派」に関しては,「月に1回以上」の頻度で定期的に書店を訪れているという回答が多く,「併用派」に関しては購入頻度も比較的高い傾向にある(リアル・オンライン書店のいずれかに偏ることなく,両方とも利用している).それに対して「オンライン書店重視派」は「数ヶ月に1回」程度の利用で,購入も「しないことのほうが多い」という回答者が多い結果となった.「併用派」の書店の使い分けについて見たところ,雑誌はリアル書店で,専門書はオンライン書店で,というように,購入する書籍等の性質によって利用する書店を決定していることが明らかになった.


No.24

◆氏名: 木川田 朱美子(きかわだ あけみ:筑波大学図書館情報専門学群)、辻 慶太(つじ けいた:筑波大学大学院図書館情報メディア研究科)

◆発表題目: 国立国会図書館における成人向け出版物の納本状況

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     国立国会図書館における成人向け出版物の納本状況を図書について調査し,成人向け以外の出版物の納本状況との異同を明らかにする。さらに,取次,国立国会図書館,並びに成人向け出版物の出版社に対して納本制度に関する聞き取り調査を行い,上記異同の原因を明らかにする。
  2. 研究方法
     納本の網羅性に関する調査には,出版物の網羅的なリストの存在が前提となるがそのようなリストを入手するのは困難である。予備調査の結果,日本書籍総目録にもかなりの漏れがあることが分かった。そこで本研究では,日本書籍総目録より網羅性が高いことが確認されたAmazon.co.jp(以下Amazon)の販売書誌を,現在最も網羅性の高い出版物リストとみなした。
     本研究ではまず,Amazonのアダルトを含む25カテゴリにおいて2006年11月26日時点でトップセラー100とされているもの上位50冊ずつを抽出し,それらが半年後の2007年5月にNDL-OPACでヒットするかを調べる形で納本状況の調査を行った(以下,調査1)。さらに,成人向け出版物の出版社ごとに納本状況のパターンを調査し特徴的なパターンを示す出版社を抽出した(以下,調査2)。最後に,出版社および国立国会図書館,取次に対して,電話・対面による聞き取り調査を行う(以下,調査3)。なお,これまでに国立国会図書館およびトーハンに聞き取り調査を行った。
  3. 得られた(予想される)成果
     調査1では,アダルトカテゴリの図書は80%が未納本であり,一般図書24カテゴリについては平均10%が未納本という結果となり,成人向け出版物は一般出版物に対して明らかに納本が少ないことが分かった。
     調査2では,カテゴリに関わらず2006年5月以降の納本がほとんどないコアマガジン,カテゴリに関わらず網羅的な納本が行われているものの成人コミックに関してはほとんど納本のないフランス書院,一般出版物はある程度納本が行われているが,成人向け出版物はほとんど納本がない茜新社などが抽出された。
     調査3では,出版社側の問題として,松文館のように戦前の検閲のイメージによって納本を避けてしまう出版社も未だ存在することが明らかになった。また,取次を通す場合,出版社が踏むプロセスとして当該出版物の流通を委託するプロセスに加えて納本を委託するプロセスが必要であり,それを忘れてしまうと督促を受けるころには絶版になっているという問題もある。国立国会図書館側の問題としては,成人向け出版物については通信販売など取次を通さない流通形態が比較的発達しており,出版されていること自体を国立国会図書館側が把握していない点がある。そのため,重ねて別の新刊書誌リストを(例えばAmazonなどから)入手する必要があるといえる。さらに2006年4月,国立国会図書館資料のうち児童ポルノとされたもの数百冊に閲覧制限措置がとられた。それ以降,国会図書館は児童ポルノに該当すると思われる出版物を出版している出版社には積極的な督促を行わなくなった。そのため,督促を受けた場合のみ納本を行っていたコアマガジンは納本に経年変化が生じていると考えられる。


No.25

◆氏名: 長澤 多代(ながさわ たよ:長崎大学 大学教育機能開発センター)

◆発表題目: 教員と図書館員の連携構築を図るファシリテーターとしての図書館員による教員へのアプローチ:グラウンデッド・セオリーの手法を用いたアーラム・カレッジのケース・スタディ

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     1990年代に入って,日本の大学では,18歳人口の減少やグローバル化の進展など大学内外の環境の変化を背景として,大規模な教育改革を進めている。その中で,中央教育審議会大学分科会の審議経過報告「学士課程教育の再構築に向けて」(2007年)は,各専門分野を通じて培う「学士力(仮称)」の汎用的技能として,情報リテラシー,論理的思考力,問題解決力等を育成する必要性を指摘した。
     大学図書館では,情報サービスの一環として情報リテラシー教育(以下,学習支援という)を推進してきた実績があるために,情報リテラシー,論理的思考力,問題解決力の育成に重要な役割を果たすことができる。だが,大学図書館の関係者(図書館員及び図書館情報学専攻の研究者)による指摘として,授業と図書館利用の関連づけや教員と図書館員の連携がなければ,学習支援による学習の成果が十分に得られないことがある。学生の学士力を向上させるには,学習効果の高い学習支援を提供することが重要になる。そして,これを実現するために,教員と図書館員の連携のあり方について検討することが重要になる。
    本研究の目的は,アーラム・カレッジのケース・スタディによって,大学の教育活動における教員と図書館員の連携に関する理論(グラウンデッド・セオリー)を構築することにある。
  2. 研究方法
     本研究の方法はグラウンデッド・セオリーの手法を取り入れたケース・スタディである。ケースの抽出法は目的的サンプリングによる。教員と図書館員の連携について最大の多様性をもったサンプリングを行ない,米国のアーラム・カレッジ(Earlham College)を抽出した。分析対象のデータはアーラム・カレッジの関係者への聞き取りによって得られた情報,学習支援及び教育支援の直接観察によって得られた情報,アーラム・カレッジ及びアーラム図書館関係の内部資料を含む文献データである。データの分析方法は絶えざる比較法である。
  3. 予想される成果
     以上をもとに,次の理論を構築した。教員と図書館員の連携がないままに学生が問題解決型の課題に取り組むという条件の下では,図書館は効果的な学習支援を提供することができない。この問題を解決するために,図書館員は,自らがファシリテーターとなり,事前対策的なアプローチによって教員との連携を図る。その戦略として,個々の図書館員が支援する教員を特定すること,支援対象者にカスタマイズした学習・教育支援を提供すること,教える好機に焦点を定めて学習支援を提供することなどがある。その結果,学生が提出した問題解決型の課題の質が向上する。教員は,図書館の学習・教育支援機能及び図書館員の学習・教育支援者としての役割を理解し,図書館員と連携して問題解決型の課題を設計するようになる。


No.26

◆氏名: 池谷 のぞみ(いけや のぞみ:Palo Alto Research Center)、田村 俊作(たむら しゅんさく:慶應義塾大学)、三輪 眞木子(みわ まきこ:メディア教育開発センター)、越塚 美加(こしづか みか:学習院女子大学)、斎藤 誠一(さいとう せいいち:千葉経済大学短期大学部)、齋藤 泰則(さいとう やすのり:明治大学)

◆発表題目: ビジネス支援サービスの設計と運営

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     近年、公共図書館において実施されるようになってきたビジネス支援サービスについて、その特徴と課題を明らかにすることを目的とする。特に、サービスがどのように組み立てられ、また運営されているのか、そのなかでどのような課題があるのかに焦点をあてる。その上で、ビジネス支援サービスが今後の図書館の運営にとって持ちうる意義についても考察することをめざす。
  2. 研究方法
     ビジネス支援サービスを実施している公共図書館を調査するなかで、特にサービスを始めて2年以上経っており、我々の調査を受け入れてくれた3館の図書館を対象として、実際にサービスを組み立てた図書館員およびサービス担当者に対してインタビューを実施した。インタビューの概要は、各図書館においてビジネス支援サービスを立ち上げた経緯、どのような考え方でサービスを組み立てたのか、サービスの種類、実際の運営と課題などである。運営については、特にカウンターサービスを提供する担当者を中心として、日々のサービス提供に必要な情報の共有をどのように行っているのか、さらにサービスに必要な知識をどのように蓄積したり、習得したりするのかについて尋ねた。各館において、3、4名の図書館員にインタビューを実施した。また、受け入れられた図書館においては、サービスカウンターの脇に座らせてもらい、図書館員が実際にサービスを提供する様子を観察させてもらった。さらに、各図書館でビジネス支援サービスの利用者2、3名を紹介してもらい、そうした利用者に対してもインタビューを実施し、それによって利用者がサービスをどのように認識して利用しているのか、さらには各図書館におけ るサービスが具体的にどのように実施されているのかを理解することを めざした。ただし、今回の報告では、利用者に対して実施したインタビュー結果の内容までは含めないことにする。
  3. 得られた成果
     ビジネス支援サービスがどのような点で、従来のサービスと比較して特異なものなのかということと同時に、従来のサービス、特にレファレンスサービスとどのような関係にあるのかが明らかになった。すなわち、図書館主導による企画により、他の組織を巻き込んだ形で提供するサービスという点、また図書館の利用シナリオを具体的に提示したという点である。こうしたサービスの設計とその提供は図書館の存在意義を示すひとつのあり方であることを結果的に示すことになった。課題としては、従来とは異なるサービスを設計し、運営するには、これまでの図書館員に必要とされてきた資質や知識だけでは不十分であることも認識されていることがわかった。したがって、人材育成や、担当するための知識と経験の共有と蓄積のあり方を考えることが必要である。


No.27

◆氏名: 三根 慎二(みね しんじ:慶應義塾大学[非常勤講師])

◆発表題目: 学術情報メディアとしてのarXivの位置づけ

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     本研究の目的は,arXivの学術情報メディアとしての位置づけを,15年の歴史のなかで各主題領域(subject areas)においてどの程度受容されてきたのか,学術雑誌との比較調査を通して明らかにすることである。
     プレプリントサーバarXivは,e-printすなわち学術雑誌掲載前のプレプリントの電子版をはじめとして,会議録論文,講義ノート,各種記事など学術情報を電子的に流通させるシステムであり,早期の流通とアクセスを可能にする点に特徴があると言われる。1991年に開始されて以来,2007年末までに対象分野を拡大しながら45万件もの論文・記事が登録されるまでに成長し,当初からプレプリント文化が存在した物理学分野においては,現在では学術雑誌掲載論文のほぼ全てがe-printとしてarXivに登録されているという意見もある。
     これまでこのようなarXivの実態を明らかにするため,特定の国や分野の研究者を対象として彼らの利用行動や認識を調査した研究はいくつかあるが,登録された論文・記事を対象にarXivそのもの全体を実証的なデータに基づいて分析した例はほとんどない。本研究は,arXivに登録された全ての論文・記事に関するデータに基づいて,15年間,全主題領域にわたって包括的に分析し,学術情報メディアとしてのarXivの位置づけを明らかにすることを目的とする。
  2. 研究方法
     arXivが提供している論文・記事のデータを,1991年から 2007年12月31日までに登録されている全件(420,917件)を対象にOAI-PMH経由(ListRecords)で入手し,以下の項目について調査した。
    a) 全体像の把握
     arXivの全体像を明らかにするために,17主題領域それぞれに登録された論文・記事の件数,登録年,journal-refの付与の有無(どれだけ学術雑誌に掲載されるか,すなわちe-printであるか)について集計を行うとともに,15年間における傾向を調査した。
    b) arXivへのe-print登録行為の受容の割合
     登録された論文・記事の学術情報メディアとしての位置づけを明らかにするために,学術雑誌と比較調査を行った。登録された論文・記事が学術雑誌に掲載される割合が高ければ,それだけarXivに登録することが各主題領域において受容されていると考え,journal-refが付与された論文・記事(e-print)を対象に,学術雑誌論文登録率(各主題領域における登録数上位タイトルを対象に,学術雑誌掲載論文が,arXivに登録された割合),登録時期(e-printの登録年と学術雑誌掲載年の差)を15年分調査した。さらに,最初期から設置されていた高エネルギー物理学の4主題領域(hep-th,hep-lat,hep-ph,hep-ex)に登録されたe-printについては,同領域の代表的データベースであるSPIRES-HEPに登録された論文・記事およびコアジャーナルにおける占有率を調べ,同領域においてarXivに登録されたe-printの位置づけを明らかにする。
  3. 得られた(予想される)成果
     現在まで,arXivに登録された論文・記事の登録数,登録時期,学術雑誌掲載率について,各主題領域で相当のばらつきがあることが分かっている。さらに,過去15年間の変遷と現状および主題領域間の比較から各領域におけるarXiv受容の差異を示すことで,arXivの学術情報メディアとしての位置づけを明らかにする。


No.28

◆氏名: 松本 直樹(まつもと なおき:東京大学大学院教育学研究科)、根本 彰(ねもと あきら:東京大学大学院教育学研究科)

◆発表題目: 公立図書館の事業採用における意思決定要因

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     本研究は,公立図書館を対象に事業の意志決定要因について明らかにする。近年,文部科学省から公立図書館の今後のあり方について,基準,報告書等が次々と出されており,そこではさまざまな事業が提案されている。こうした提言に対して,それを受容する自治体の図書館がどのように事業を実現してきたかは,十分明らかになっていない。このことを明らかにすることができれば,提言の実効性をより高めることができるであろう。
  2. 研究方法
     本研究では,「望ましい基準」や「これからの図書館像」で示された事業を対象に,どのような意思決定に関わる要因が,事業の実現を促したかを明らかにする。検討した要因のは,提起者,事業の性質,影響力主体,実施率などである。
     対象とした事業は「望ましい基準」などで提起されている27事業である。対象自治体は関東近県6県の公立図書館である(212館)。事業は3年以内に検討を開始したものとした。3年以内としたのは,回答者の記憶が比較的正確であろうと考えたためである。回答館には,自館で3年以内に検討を開始した事業を選択してもらい,誰が提起したか,最終的に実施に至ったか,事業に予算が必要だったか,などについて回答してもらった。
  3. 得られた(予想される)成果
     調査票の送付は212館に行い,回答は104館からであった(回収率は49.1%)。3年以内に始めた事業数は合計で173あり,1館平均1.66である。最も多かったのは,「インターネット端末の設置」(22館)であり,つづいて「ホームページの作成」(19館),「ボランティアの導入」(14館),「自己点検」(14館)とつづく。IT化,市民参加,自己評価など図書館界のみならず,自治体で課題となっている事業が多く実現される傾向が見られた。
     提起をしたのは,図書館員が最も多く(68.4%),つづいて図書館長(33.3%)であった。予算措置が必要だったかどうかについては,「必要」が50.0%,「不要」が50.0%だった。必要とされた事業には,「有料DB」,「インターネット端末」,「点字録音資料」,「ホームページの作成」などが挙げられた。
     提起者による実施率は,図書館長,図書館員,それ以外によるで分類すると,それぞれ88.5%,82.3%,100%であり,図書館外の人々の提起が最も実施に結びついていた。


No.29

◆氏名: 池内 淳(いけうち あつし:筑波大学大学院図書館情報メディア研究科)

◆発表題目: 本の生態系I:オンライン書店における販売順位の時系列解析

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     出版不況、オンライン書店や新古書店の台頭、活字離れ、ウェブページ・デジタル書籍・ケータイ小説といった活字メディアの多様化、ネットワーク情報基盤の拡充など、過去10数年に亘って、「本」を取り巻く環境や、消費者の読書行動は、着実に変貌を遂げつつあることが指摘されてきた。我が国では、毎年7万タイトルもの書籍が出版されているが、これらの本がどのように生まれ、どのように流通し、どのように読まれ、どのような過程を経て、やがて消えていくのかについては、出版界において、一定の共通理解が存在していると言える。しかしながら、近年、活発に行われるようになっている著作権の保護期間の延長の是非や出版再販制存続といった出版流通に関わる政策的議論の礎となるような、網羅的なデータの観察に基づく実証的な分析、ならびに、書籍や読者の相互の関連性に着目した「本の生態系」に関する研究は、未だ着手段階といって過言ではなく、十分な研究蓄積が存在している訳ではない。そこで、本研究の目的は、「本の生態系」を解明するための基礎的なデータを収集・分析することにある。具体的には、オンライン書店における販売順位情報(book sales ranking)を経時的に収集し、その時系列変化を把握するとともに、それらと書籍固有の様々な属性との関連性がどのようなものであるのかを明らかにすることである
  2. 研究方法
     本研究では、2006年1月から6月までの半年間に、国内で発売された30,000タイトル以上の和書について、オンライン書店(Amazon.co.jp)における順位ログを収集した。これらの順位は、当該オンライン書店における、カレントな販売数と過去の累積販売量とに基づいて算出されているものの、詳細なランキングアルゴリズムについては明らかにされていない。しかしながら、近年、オンライン書店における購買量、ならびに、購読者層の拡大によって、こうしたデータを活用した研究事例が数多く報告されるようになっている。ここでは、販売開始後から一年後までの本の順位の平均値や標準偏差といった基本統計量と、(1)本の販売対象、(2)本の発行形態、(3)本の主題、(4)本の価格、(5)本の物理的形態などとの関係を明らかにすることを試みる。加えて、この種の分析において、どのような統計指標がより効果的となり得るのかについても検討を加える。
  3. 得られた(予想される)成果
     (2)で述べたような種々の統計的データを収集するとともに、本が市場に登場してから、どのような過程を経て、市場から消えていくのか(または、存続しつづけるのか)、その経時的な態様を観察するとともに、早期に市場に滞留できなくなった知的財産をどのように保存すべきか、といった政策的提言に資するデータの提出を目指す。


No.30

◆氏名: 濱田 幸夫(はまだ ゆきお:筑波大学大学院図書館情報メディア研究科)

◆発表題目: 公立図書館を新規設置する市町村における取組と課題

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     生涯学習社会の進展に伴い、各地で公立図書館の設置が進められているが、未だに図書館が設置されていない町村も多い。図書館未設置の自治体は多くの場合、小規模で財政基盤も脆弱であり、行政として必要性を感じつつも図書館が設置できずにいると言われている。また、日常的に図書館を利用した経験のない地域住民は図書館の有用性を十分理解できず、そのため、図書館設置の要望が広まりにくいという指摘もある。
     一方で、図書館が設置される場合にも、設置準備に図書館の専門家が参画せず、施設設計や開館後のサービス計画が十分に検証されていないなどの懸念もある。
     このため、公立図書館を新規に設置した地方自治体における当時の取組等を調査し分析することで、今後、新規に公立図書館を設置しようとする地方公共団体や図書館設置に向けた住民運動等の取組に資する提案を行うことを目的とする。
  2. 研究方法
     過去5年間に図書館未設置を解消した自治体の図書館を対象として質問紙調査を実施し、図書館設置に至った経緯及び当時の状況等について調査する。
     これにより、自治体における図書館設置に至る経緯や構想から開館までの期間、有識者会議の設置の有無等について実態を把握する。また、図書館施設の設計や立地の決定方法、サービス計画の策定方法等についても調査し、図書館の専門家や司書有資格職員の関与の程度について分析する。さらに、各図書館の開館後のサービス実施状況や利用者の動向等について調査し、開館準備体制と比較することを予定している。
     今回は、上記郵送調査をもとに現状の報告と課題の分析を行う。あわせて、図書館の規模や設置年度、地域性等によって、調査項目ごとに特徴的な差異があるかなどの考察結果について報告する。
  3. 得られた(予想される)成果
     本研究により、小規模な自治体が図書館を設置する場合の経緯やきっかけとなった事由などが明らかになると期待される。併せて、図書館設置に向けた取組の方法等についても類型化して分類できるものと考えられる。
     また、施設を設計し、サービス計画を策定して開館に導くため、設置準備段階における教育委員会等の組織体制や有資格職員の確保の時期とその身分について、望ましいあり方についても一定の提案をすることができると考える。
     これらは、今後、図書館を設置しようと考える地方自治体の行政関係者や図書館設置運動を展開する住民団体にとって有効な資料となることが期待されるとともに、市町村立図書館を支援する立場にある都道府県教育委員会や都道府県立図書館、図書館関係団体等における活動の参考資料としても活用され得るものと考える。


No.31

◆氏名: 前田 稔(まえだ みのる:東京学芸大学)

◆発表題目: 病院患者図書館調査と図書館間連携−健康フォーラムの形成−

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     近年、病院患者図書館が脚光を浴びている。しかし、全国規模の調査は2000年を最後に行われておらず、その実態は必ずしも明らかではなかった。そこで、日本病院患者図書館協会の協力を受けて、科学研究費補助金により、全国実態調査を今回行った。なかでも、公立図書館との図書館間連携に関する項目を設け、病院と公立図書館との連携状況を明らかにするよう努めた。
  2. 研究方法
     独立行政法人福祉医療機構の病院情報データベース(http://www.wam.go.jp)から100床以上の病院(2410施設)を抽出し、往復葉書による質問調査を行った。「近隣に公立図書館はありますか」「公立図書館と病院の連携はありますか」という項目を設けた。
  3. 得られた成果
     全体的な結果としては、2000年時点の調査(2000病院対象)では「担当者」「資料」「専用の図書室」の3条件が揃った患者図書館サービスは43施設であったのに対して、今回(回収率48%)は114施設という結果になった。このほかに設置検討中の病院が43施設あったことからすると、極めて強い勢いで病院患者図書館が拡大しつつあるといえる。
     しかし、これまで病院と公立図書館との連携例はそれほど多くなく、今回の調査結果でも「連携あり」は63施設にとどまった。拡大しつつある病院内の読書環境に、専門的な支援が追いついていないという問題を提起できよう。また、病院と公立図書館との連携は必ずしも難しいものではなく、これは「徒歩5分以内」が154施設、「徒歩20分以内」が505施設、「近隣になし」が465施設であったことからも、連携を拡大してゆく余地が十分に残されていると思われる。
     もちろん、連携のない病院のなかには、職員向けの病院図書室の担当者が関わっている場合も多いと思われるものの、医療情報以外の一般書に関しては、公立図書館職員が市民の動向を把握している。また、相互貸借を行うことで、院内の小さなスペースや少額の予算を補うことも可能となる。一方、公立図書館側としても近年健康情報の充実が目指されており、病院側から協力を受けることで、いっそう正確な情報を利用者に提供することが可能となる。このような、互いの連携ネットワークは、人々が集う場としての健康フォーラムを市民のあいだに形成してゆくと予想できる。


No.32

◆氏名: 平岡 君啓(ひらおか きみたか:広島大学大学院教育学研究科 博士前期課程)

◆発表題目: QAA(高等教育水準保証機関)策定「図書館情報学」学位基準の我が国への示唆

◆発表要旨:

  1. 研究目的
     現在我が国の高等教育機関は、M.トロウの言う「ユニバーサル段階」に突入し、選びさえしなければどこかの大学に入学できる時代に突入している。大衆化が進む中で、大学における自己点検評価が義務化され、評価基準の明確化と教育内容の質保証は避けて通れない喫緊の課題となっている。それは図書館情報学系学部や司書課程も例外ではない。英国の高等教育水準保証機関であるQAA(高等教育水準保証機関)は、多岐にわたる学問分野の学位水準を示している。その中の1つに「図書館情報学」が存在している。この学位基準の内容から、我が国の図書館情報学教授過程に活かせる内容を示しながら、今後の司書(情報専門職)養成の質保証の在り方を検討する。
  2. 研究方法
     QAA(高等教育水準保証機関)策定の学位基準の中に「図書館情報学」が示されている。そこには、図書館情報学において行われるべき、教授活動や評価基準、さらには、修了者の進路にも言及がある。
     我が国の現状を省みたとき、図書館情報学系学部が全国にいくつか存在しているが、司書職をはじめとする図書館情報専門職の養成は、図書館情報学を専門としないいわゆる課程認定において、司書養成を行う機関がその大半を占めている。2006年3月にまとめられたLIPERの最終報告書においても、司書養成や司書教諭養成がそのまま専門的とされていることは、国際水準から乖離していると指摘している。
     そこで、QAA基準の訳出を示した上で、現在の我が国の図書館情報学教育の現状との比較考察を行う。まず、QAAの示している、必要とされる能力について、現状の我が国の司書養成カリキュラムと対比する中で、何についてどう不足しているかという筆者の認識を示すとともに、補完しなければならない点や改善点を指摘したい。
  3. 予想される成果
     英国と日本との国事情や教育制度が異なることを考慮しなければならないが、高等教育の質保証、とりわけ教育水準の保証は、今後高等教育の国際的な枠組みの中でも重要になってこよう。
     我が国の図書館情報専門職養成のための制度改革は、現在ポストLIPER会議等のテーブルに上っているようであるが、その原動力となるのは、利害関係者の世論の働きかけが重要であるとの声もある。我が国の図書館情報学教育の水準保証という観点に加え、国際的な評価基準からも自大学のプログラムを省察できるような制度づくりができる一助になると同時に、図書館情報学界における、真の専門職養成にむけた議論や働きかけの導入としての役割が担えたらと考える。