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博物館における情報専門職制の枠組みの形成に向けて

                       水嶋英治氏

 今,紹介していただいたように,北の丸公園にある科学技術館におりました。20数年の間に6館の博物館をつくってきました。その過程で,ドキュメンテーションの重要性について博物館をつくる自治体に話しても,全く理解が得られませんでした。ですから,私の基本的な研究対象としては,博物館情報の組織化に関心を持っています。後でちょっと出てきますが,フランスの文化財学院というところで勉強したのですが,一種のカルチャーショックを受けました。国家事業として「目録づくり」ということをやっていますので,その辺のお話をしたいと思います。

 私に与えられたテーマが,「博物館における情報専門職の枠組みの形成に向けて」ということです。博物館の中身といっても,幅広く,美術館,歴史館,民俗,考古,自然科学・技術の五つに分けていますが,今日のテーマは問題点の現状を認識するということで,まず幾つかのレポートからピックアップしてご紹介したいと思います。

 まず「博物館白書」です。これは日本博物館協会がまとめた平成11年度版です。もう一つは,「学術資料の管理・保存・活用体制の確立および専門職員の確保とその養成制度の整備について」というレポートで,日本学術会議が出しているものです。3番目が,先ほど水谷さんからも紹介がありましたが,文化庁と総務省の文化遺産オンライン構想というものです。これについて,少しご紹介したいと思います。

 まず「博物館白書」です。平成11年度版の「博物館白書」からとってきましたので,分類は総合,郷土,美術,歴史となっています。まず,資料対象はどのくらいあるのか。ここでは結果しか書いていませんが,「ほとんどすべて目録がそろっている」というのは,総合が46.8%,郷土が41.3%に対して,美術館は73.3%で一番高いパーセントになっています。歴史博物館では46%です。

 それから,目録がどれくらい備わっているかというデータを見ますと,あいまいな表現ですが,「ほとんどすべて」「4分の3程度」「半分程度」「4分の1程度」「ほんの少し」と分けており,ご欄いただければわかると思いますが,「ほとんどすべて」を日本の博物館全体で見ますと,50%以下の49.8%になっています。

 ここには自然科学など,科学技術系は入っていないのですが,「ほとんどない」というのは,科学技術センターやサイエンス・センターなど,いわゆるコレクションがないところは,やはり少ない数字になっています。逆の見方をしますと,レジュメのほうにも書いていますように,問題というのは,「国際社会だ」,「インターネット社会だ」,「生涯学習社会だ」と言われていますが,もとになる基礎データといいますか,資料台帳,あるいは情報の整理の結果である目録整備は非常にお寒い状況にあるということが,この数字でわかるかと思います。

 それでは,資料目録を刊行しているかどうかについて数字をみたいと思います。まず,全部を記載した目録ですが,「博物館白書」では,このような言い方をしていますので,そのままの言い方をしました。別の言い方をすればカタログレゾネですが,総合目録,図版や写真が入っているものだと思います。「ある」は,やはり美術館が35.5%で一番高い。一部分だけを記載した目録となりますと,美術館で52.4%。それを刊行しているか否か。その次に,販売しているかどうかという数字もあるのですが,ここでは割愛させていただいています。全体としては,一部分を記載した目録,多分,文字系の目録だと思いますが,45%。それから,写真,図版等が入っているようなものが21%。ここには出していませんが,マルチメディアのデータベースがあるかどうかについては,日本ではほとんどなく,数%です。データベースを持っているかどうかという質問に対しては,20%ぐらいでした。

 次に,日本学術会議のレポートです。これは,今日のために,水谷さんに送ってきていただいたものを入れさせていただいたものです。まず標本資料です。この言い方も非常に抽象的なものですが,このレポートを見ますと,このように書いています。「標本資料に関しては,どの程度の量があるかについても,全く見当もつかないのが現状である」「どのような資料を,いかなる形で,どこが責任を持って保存する措置を講じ,どのようにして収集し,保管・活用するかについての基準がないままに放置され,実態すら把握されない」と,ちょっと寂しい言い方がされています。次に,「我が国の公文書館,博物館を中心とした諸資料の保存・管理,活用体制はあまりにも悲惨である」と日本学術会議が言っているのです。

 続きまして,文化遺産情報化推進戦略会議の報告書を見てみます。これは平成15年8月26日の中間まとめです。今のような非常にお寒い言い方をしているのですが,あまりそういうことをやっていると,未来がなくなってくるので,少し前向きなところだけをピックアップしてみました。そこにはこう書いてあります。共通検索用の書式の作成が必要だということで,「文化遺産に関する目録情報を検索するための共通検索用の書式については,文化遺産オンラインの利便性や,各博物館・美術館・関係団体等が文化遺産オンラインへ提供する目録情報等を明確化するため,利用者の意見を踏まえながら作成するものとする」とあります。これは非常に前向きな言葉ですが,先ほどのお寒い状況を考えておかなければなりません。利用者がいくら「こうしてほしい」「ああしてほしい」と言ったとしても,博物館の現状は,まず資料台帳,目録が整備されていませんので,この辺に非常にギャップを感じます。後で申し上げますが,やはり国,地方自治体,博物館,学芸員,利用者の立場から総合的な戦略が必要になってくるのではないかと思います。

 さて,今日のテーマですが,情報管理者はアメリカなどではどのように言われているかを見たいと思います。まず職務分掌がきちんとされている。その職制を言いあらわすと,次のようなものがあります。Collection manager,Curator of collection,そして,今日のテーマはRegistrarに注目すべきですが,そのほかにConservatorやCurator,Specificなどがあります。Curator generalというものもあります。

 Registrarのポジショニングだけを見ますと,まず館長,副館長のようなポストがあり,そのほかに,Curator,Exhibition,Education,Administrator,総務や人事,福利厚生というような職制があります。そして,Curatorの下にRegistrarというポジショニングがあるのがアメリカの状況です。これは模式図ですので,実際にはどうなっているかということで,アメリカのJob Descriptionと組織体制図をこちらのほうで見たいと思います。

 Southern OREGON HISTORICAL SOCIETYというところで,Position Description,Collection managerを募集するときのものですが,Curator of collectionと言っています。まず,Collection Curatorの下でコレクションをマネージする。コレクションの記録とか,ポジションのサマリーがそうですが,1番目,義務と責任ということです。1番は飛ばします。2番,Manage & Supervise,Worksheets,Conservation records,Inventories(目録),Computer dataというようなことを職務分掌として規定しています。4番目のProvide Access to the Collection,コレクションに対してのアクセスを提供するというようなことでしょうか。

 5番目のQualification,つまり要求される資格ですが,少なくとも3年の博物館経験があり,1年間はRegistrar,あるいは学芸員的なポジションについているのが望ましい。そして,一番下のスキルとアビリティのところで,「50ポンド以上持ち上げることができる者」ということがあります(笑)。これは,力仕事もあるというようなことだと思います。冗談ぽい話ですが。

 実際の組織体制図を見ますと,Cape Fear Museumというところでは,先ほどの模式図で見たように,館長の下に副館長がいて,Curatorの下にRegistrarがいます。そして,Assistant Registrarが2名います。そのほかには,Public Information Specialist,公共情報専門家というのか,よくわかりませんが,展示のデザイナー,教育関係,そしてAdministrationです。

 これはほとんど,どこの博物館でも同じです。これはBRUCE Museumのものですが,Curator,Collection Exhibition,ここにRegistrar,Collection Managerというように言っています。また,教育,展示等とあります。

 Westmoreland Museumというところは,チームワークをやっているのでしょうか。Curatorを中心にして,登録者の下に,Librarianというのがいます。多分,附属図書館のようなものがあるのでしょう。

 HOOD Museum of ARTもそうです。館長の下に,Curator of education,Registrar,その下に四つの職務があります。Assistantが2人,そしてData manager,Registrarial assistantが5人でしょうか。

〔スライド〕サンフランシスコの現代美術館というのは,Curatorialという学芸的なものの中に,展示,教育,保存などがあり,最後にRegistrationというものがあります。

 このように,どこの博物館を見ましても,Curator of collectionとCoordinator of exhibition,その中間にRegistrarがいます。

 最後ですが,Calvert Marine Museum,海事博物館です。Maritime History Curator,海事史の人の下にRegistrarがあります。ここには面白いものがあります。写真のカタログをつくる人というようになっています。

 このように,レジストラーのポジションニングというのが,キュレーターの下にいるというのが一つの特徴だと思います。

 博物館界には,ICOM(国際博物館会議)という組織がありますが,この下には専門部会がありまして,ICTOPとよばれている「職員の研修のための国際委員会」がありまか。どういうことをやっているかというと,博物館関係者にどのような研修を受けさせるか研究している委員会です。またICTOPでは「国際的なプロフェッショナル・ディベロップメントのためのガイドライン」をつくっています。どうしてそういうことをやっているかというと,特にヨーロッパなどは国を越えて就職するのです。そうしますと,どういう資質レベルが求められているのかということが非常に大事です。そういう意味では,職制ということを検討しなければならないということで,1995〜1996年からやっています。

 第5章に関係するところだけを見ますと,Information,Collection management,Careがあります。これは抜粋ですが,Record management(記録管理),それからコレクションのところは全部引っこ抜いてきました。アクセス,カタログ作成,目録作成,copies,reproduction,digitization(デジタル化),それからdocumentation,data management,Web,registration(登録方法),Library Information Service,情報サービスと図書館,データの収集,そして調査・研究・立案能力というように必要な資質と能力が示されています。

 ここでレジュメのほうに戻ります。博物館が抱えている現状から,所蔵作品の情報管理者までを見てきたわけですが,フランスの事例だけ,少しお話しいたします。高山先生のレジュメの中にもありましたが,グランゼコール,国立文化財学院というところでは,六つの専門分野を設けています。ここに入学すると,六つの分野全部を勉強するわけですが,この文化財高等行政官養成学校に入るための条件としては,大学を卒業して,よほどのエリートならば,数年ぐらいで入るようですが,一般的には7年間の実務経験者に入る資格があるということになっています。そこで,博物館・美術館,歴史建造物,古文書,考古学,新しく加わった科学技術自然遺産,目録という6分野を勉強しながら,なおかつ自分の専門テーマを深く研究するということで,目録編纂事業の実務について国家事業として養成しているのです。アンドレ・マルローが1959年から,フランスのすべての文化財について目録づくりをすることを提唱してから,いまだに続けています。44年の間,毎年継続しています。そういう意味では,日本でも見習うべきことだと思っています。

 次に,MIAS(Moving Image Archive Studies)ということを,大学の関連でお話しします。UCLAに設けたそうですが,動画のアーカイブズスタディのコースがあります。これはフィルム&テレビ学部と情報学部との協力によって,教育プログラムをつくっているそうですが,次世代の専門家を養成する国家的重要性が背景にあると言われています。

今まで言ってきたのは,モノとしての文化財です。歴史建造物にしろ,文書にしろ,そうです。ところが,博物館としては,無形文化財,例えば人間国宝,踊りや民謡などはやはり動画で保存していく必要があるだろうと思います。そういう意味では,MIASもわが国では,これから必要になってくるのではないかと思います。

 さて,レジュメの(5)に「registrarの倫理規定」ということを記しておきました。これは少し古くて,1984年ですから,さすがにもう少し進んでいると思いますが,先ほどの高山先生のお話のように,どのような人格が求められるのかというようなことを考えますと,やはり専門職としての職業規範,あるいは行動指針というものを,これから我々も考えていかなくてはならないのではないかと思います。

 先ほど職場がないのではないかという話をされましたが,アメリカの場合,US Department of Laborの発表によりますと,2万3000人が就職しているということです。ただし,キュレーター,ミュージアムの技術者,これには保存技術者も含んでいますが,どのくらいかというと,全体の4分の1,5750人が美術館,博物館,動植物園,5分の1,4600人が教育機関,3分の1以上が国・州・市に属していると言われています。

 我が国の情報専門職を考える場合,一体どういうことが求められるのかといいますと,基本的には,当該分野の歴史的な認識です。これにはいろいろな意味があります。例えば自然科学・技術史の文化財を使う場合には,その分野の歴史的な知識,あるいは認識が必要になるでしょうし,美術館の人は美術資料というものに,やはり専門的な知識が必要ではないかと思います。

 もう一つは,記録情報の系統的な収集・保存の方法論です。やはりスキルが求められるかと思いますが,図書館の分野と博物館の分野で違うことを一言で言うと,文字なのか,非文字なのかということです。文字性,非文字性ということが,安澤先生の『文化情報学』の中にも記されていましたが,文字で書かれているものと,文字で書かれていないもの,ここからどういうメッセージを読み取るか。あるいは,さらに言いますと,目録づくりをするために,どういう価値を引き出してくるかということになるかと思います。その意味では,当該分野の歴史を知らなければならないでしょうし,記述の面では,ドキュメンテーションの専門知識も必要でしょうし,物理的なものとバーチャル的なものということも必要になってくると思います。

 コンピュータ,ここではデジタル・アーカイブズと言っていますが,デジタルにするための技術,それから最後に,キュレーター,あるいは,チームで仕事をする機会が多いでしょうから,チームワーク力,コーディネート力というものが必要になるのではないかと思います。

 レジュメのほうに書きましたが,まず専門職を各博物館の中に求めるということは,現状の博物館の力では無理だと思います。国立科学博物館や東京国立博物館のような国立レベルの大規模な博物館ではできる話ですが,地方自治体クラスの博物館,美術館の中では,自己改革能力といいますか,新しい職制を設けて情報専門職を入れるということは,現時点では無理です。では,それをどのように可能にするかというと,ある種の強制力を持った職制を設置し,法制化しないと,だめだと思います。学芸員だけは,博物館法で置くことが決められています。最近では,規制改革の弾力化ということで,昔は博物館設置運営基準で,県立クラスでは17名の学芸員を置かなければならないという数値があったのですが,今は17名という数字は撤廃されまして,規模にふさわしい数だけを置くということになっています。それを逆読みしますと,「学芸員を置かなくてもいいのではないか」ということになっていきます。学芸員でさえ,そういう状況ですから,情報専門職というのはまだまだ難しい。そのためには,こういう研究会である提言を出し,必要性を訴えることも必要です。ある意味では政治的な運動も必要になってくるかと思います。

 それから,「(2)スペシャリストに求められる知識とスキル」のところに書きましたが,私は個人的に考えるに,資格付与をするのではなく,一種の能力検定試験を課したほうがいいと思います。例えば,ボランティアが博物館を支えるようになってきましたが,情報の入力や,レジストラーのような職種というのは,A級,B級,C級とか,1級,2級,3級というように,レベルを分けて能力認定試験をつくることが必要です。博物館に勤め,ポジションを得てやる仕事ではなくても,だれでも参加できるような環境をつくっていったほうが,実りがあるのではないかと思います。

 最後になりますが,残念ながら,日本の博物館には目録記述のためのルールづくりがありません。イギリスには,MDA(博物館ドキュメンテーション協会)が総力を挙げてつくったマニュアルがあります。「Spectrum」というマニュアルなのですが,こういうマニュアルが日本にも必要になってくるのではないかと思います。

 将来展望ですが,私のいる常盤大学では,専門職大学院といいますか,ミュージアム・マネジメントコースの大学院を来年度から立ち上げます。今年から「ミュージアム・ドキュメンテーション論」というものを入れています。先日,「デジタル・ミュージアムのセミナー」を開催したのですが,そのときにデヴィッド・ベアマンさんという方が,Archives & Museum Informaticsという会社を立ち上げ,トロント大学の情報学部の教授をされている方をお呼びしました。その先生と常盤大学が一緒になって,新しいプログラムを開発しようということで,大学間協定を結ぶように,一歩進んでいます。これ以外にも,フランスの文化財学院,韓国の文化財大学等々と大学間協定を結んで,新しい専門職のプログラムを立ち上げようということで,今,準備しているところです。

 時間になりましたので,これで終わりにさせていただきます。また後で討論の時間があると思いますので,そのときに質問があれば,よろしくお願いします。どうもありがとうございました。