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LIPERのめざすもの
                       根本彰氏

 東京大学の根本です。今日はLIPERについて20分ほどお話しさせていただきます。
 LIPERは英語の頭文字で,もともとはアメリカのKALIPERという,同じような研究プロジェクトがありまして,その下のほうの文字をいただいています。KALIPERの最初の「K」は,スポンサーのケロッグ財団の「K」です。「A」は,ALISE(米国図書館情報学教育協会)という,それにかかわった団体の名前を取っています。LIPER(Library and Information Professions and Education Renewal)は図書館情報専門職養成教育の再構築ということです。
 これは科学研究費を得て,2003年度から2005年度までの3年間の研究プロジェクトとして展開する予定にしており,すでに何カ月か活動を行っています。10月末に,日本図書館情報学会の創立50周年記念の式典と記念講演,記念シンポジウム等がありました。このLIPERの研究プロジェクトの立ち上げは,その記念事業の一環として行っているものです。
 研究プロジェクトの目的ですが,一つは,現行の図書館情報学の養成及び研修に関する評価を行うということです。それからもう一つは,今後の図書館情報学教育を進めるための提言を行っていくということです。中身については,お読みいただければわかると思います。全体として,現状の評価と,今後の新しいものをつくっていくという意識です。
 研究組織ですが,慶應義塾大学の上田修一教授を研究代表者にしています。上田先生は学会の会長でもあり,基本的に会長を中心に,日本図書館情報学会の総力を挙げてというような形で,これを展開することになっています。お手元の資料には,研究分担者の名前も挙がっています。基本的に学会の会員を中心にしていますが,一部,会員でない方も含まれています。さらに協力者として20名ほどの方,それから,先ほどの高山先生も研究顧問という形でお加わりいただいています。従来から図書館学教育,あるいは図書館情報学教育で発言されてきた方々を顧問として,ご意見をいただくということにしています。
 それから,組織です。先ほども少しお話がありましたが,大きく分けて,グループによる実態調査研究と,個人あるいは小さなグループによって横断的テーマで研究を行うもの二つに分けています。グループのほうは,大きくは四つの研究グループを形成しています。一つは,教育機関に対する研究です。図書館情報学研究班です。それから,図書館情報学でよく言われる三つの館種ということで,大学図書館,公共図書館,学校図書館を取り上げています。専門図書館もグループとして立ち上げるかという話もあったのですが,ご存じのとおり,極めて多種多様な資料,利用者,設置母体を前提にしている専門図書館を一つのグループで扱うのはなかなか難しい。ということで,後回しということではないのですが,とりあえず明確なものを中心にやっていくという形になっています。ただ,横断的テーマのほうで,幾つかそれにかかわるものを取り上げています。今日のテーマにもかかわるところですが,専門図書館や主題専門分野,それから美術館・博物館の情報担当者といったものをそこで取り上げます。また,情報技術カリキュラム,図書館情報学の人材マーケットというようなテーマも取り上げる予定にしています。
 研究の全体的な流れです。お手元のレジュメを後でごらんいただければと思いますが,縦に時系列にそって2003年度から2005年度までの全体像を示しています。横に「全体の流れ」「実態調査グループ(4グループ)」「横断研究テーマ(11テーマ)」「公開の研究活動」をとっています。大ざっぱに言えば,来年度に実態調査の本調査を行う予定にしており,現在はその予備調査的な活動をいろいろと行っています。それぞれの館種や教育機関ごとに情報を収集したり,関係者や識者,機関に対してインタビューをするなどの活動を現在やっています。
 横断的テーマについては,テーマによって進展の度合いはさまざまです。個別にまとめて,徐々に発表していくという形になります。
 すでに終わったものも含めて少しご紹介しますと,慶應義塾大学で9月27日(土)に,「変わりゆく図書館情報学専門職の資格認定」という形で,現行の図書館にかかわる幾つかの専門職団体の関係者に集まっていただき,現在の研修,あるいは今後の養成教育などをどうするかということについて,それぞれの機関での考え方,それから,可能な場合は,今後の予定のようなものをお伺いして,意見交換をする機会がありました。それから,10月25日に,先ほど申しました学会創立50周年記念ということで,KALIPERの研究プロジェクトの中心の1人であったジョアン・デュランスさんというミシガン大学の先生においでいただき,講演をしていただきました。デュランスさんにはそのあと,我々の研究グループのメンバーで,より詳しい話をお伺いして,意見交換するという機会をもうけました。これは基本的に,アメリカの現在の状況を伺うということです。
 今後,小研究会という形で,12月6日に韓国の図書館情報学の状況について伺います。韓国は日本より,専門職養成という意味では進んでいる面があります。その辺のところを伺うということです。それから,日本医学図書館協会ではヘルス・サイエンス情報専門員という,専門職の認定制度がスタートすることになっているのですが,1月末にこれについてのお話を伺います。それから,2月のJABEE(日本技術者教育認定機構)ですが,工学分野では大学の教育活動について専門の認定団体が国際的な基準をもとに認定を行っています。やや遠い領域ではありますが,大学の専門教育に関する新しい考え方を知り,今,日本でどのように制度化されているかということについて,全体像をつかんでおきたいということで,これを用意しました。
 LIPERのホームページは,http://wwwsoc.nii.ac.jp/jslis/liper/です。できるだけこのような形で公開の議論をすること,そして研究成果については,ホームページを通じてできるだけ公開していくということを考えています。先ほどの小研究会や,9月に慶應義塾大学でやったシンポジウムについての議事録は,ここにすでに掲載されています。ぜひごらんいただければと思います。
 以上がLIPERの説明です。できるだけ図書館情報学全体にかかわって,いろいろなご意見をいただきながら進めていこうと思っていますが,何分,まだ始まったばかりで,私どもに明確に「こういう方向で,このように進めていく」という合意があるわけではありません。ただ,私が個人的に考えていることが若干ありますので,後半はそれについて少し触れたいと思います。これについては,先ほど高山先生がお触れになったようなこととも密接にかかわっており,私どもの反省点のようなことを少し申し上げて,今後どうしていくかということです。
 まず,図書館情報学教育体制ということですが,すでに触れられていますように,日本では,大きく言って四つの教育体制があると考えます。司書については,大学でやっている課程と講習があり,最低20単位が開講されます。司書教諭についても同じように大学の課程と講習があります。教員資格が前提になっていて,5科目10単位が必要単位です。最近,司書教諭講習について,大学だけではなく,教育委員会等の教育機関もできるようになりました。これは,大学以外の機関が養成を担うことになったという意味で非常に大きな変化ではないだろうかと思います。それ以外に,専門課程と大学院というものがあります。これらを細かく見ていきます。
 まず司書の現状です。これはちょっと一般的な話ですが,司書課程は短大も含めて200大学ほどで行われています。司書講習は,今はっきりとした数字は持っていませんが,10大学ほどでやっているのではないかと思います。これによって,年間1万人以上の資格取得者がいると言われています。ただし,この資格を取って実際に司書として就職できる人はほんの数%です。大量に養成して,ごく少数の人しか就職できないという状況にたいする批判があります。
 90年代末にカリキュラムが改訂されました。省令による講習規定が変わりまして,現行のカリキュラムになっています。司書とは何であるのかについては,図書館情報学の内部と外部で,やや認識のギャップがあるのではないかと思います。「司書」という言葉は図書館一般の専門家というイメージを与えているわけですが,現行のカリキュラムは基本的に公共図書館職員養成のためのものに特化しています。以前のカリキュラムはそれほどでもなく,かなりジェネラルな図書館員養成という感じもあったのですが,1997年の改訂では,生涯教育を担う公共図書館職員養成の部分がかなり強調されました。この辺をどう考えていくかということが,一つの大きなポイントなるだろうと思います。
 それから,司書教諭です。司書と司書教諭を同時に開講しているところも多いのですが,もう一つは,もともと教員系の資格ですから,教員養成系の大学でも開講されています。それから,ご承知のように,司書教諭という資格はずっと法的には存在していたのですが,実際の配置という意味ではかなり弱いものでした。しかし,今年度から,12学級以上の学校には配置しなければならないということになり,司書教諭資格が今の教育改革において,総合学習や情報教育,読書推進などに関わって俄然重要な位置づけを占めるような状況が出てきています。にもかかわらず,講習の場合,もともと減免措置がかなりあったのですが,今回も過去5年間の大量養成において,職場で学校図書館の経験のある方についてはかなりの減免措置が取られています。最低では1科目2単位で司書教諭の資格が取れるというような状況があり,甚だしい「促成栽培」が行われていると考えるべきだと思います。ですから,「司書教諭になったけれど,何をしたらいいのかわからない」という話をよく耳にするわけです。
 それから,もう一つの問題としては,司書教諭が制度化されていなかったこともあり,「学校司書」と一般的に呼ばれている事務系の職員が配置されている場合があります。これはいろいろな形がありますが,そういう人たちを学校の中でどのように位置づけていくかが大きな問題となっています。法的には司書教諭の明確な制度化が一応なされたわけですが,学校司書のほうは全く存在せずこれをどうするかは今回の検討でも重要なポイントです。
 それから,専門課程と呼びましたが,これも幾つかのタイプがあると思います。学科と呼んでいいのかどうかはよくわかりませんが,ある程度まとまった組織を持っているところとして,慶應,筑波,愛知淑徳,駿河台等があると思います。先ほど少しお話が出ましたが,ドキュメンテーション学科というものが鶴見大学で来春開講するということを伺っています。これは図書館情報学及び,今日の話題になっているような,もっと広義の情報専門職を対象にしているものだと思います。
 それ以外に,司書課程の延長と考えていいのかもしれませんが,専門に組み込む形で,教育学,社会学等の課程の一環として,図書館学,図書館情報学を位置づけている例があります。青山学院,同志社,東洋,東京学芸,大阪教育などの大学の例がありますで,私が所属している東京大学でも,教育学の一環としてこれをやっています。図書館情報学関係の卒論が書けるということです。
 専門課程における標準的なカリキュラムは存在していないと考えたほうがいいと思います。大学基準協会が1977年に「図書館・情報学に関する基準」というものを出しています。でた当時は影響があったと思いますが,現在では失効していると考えるべきだと思います。
 それから,大学院の現状としては,修士課程,博士課程を持つところが最近増えています。これに関しても,もともとアカデミックな志向,研究志向のところが強く,標準カリキュラムはないと考えたほうがいいと思います。ただし,最近,社会人の入学枠をつくり,リカレント教育を意識したものが筑波で行われており,慶應でも来春から始めるということです。職業教育とのかかわりがかなり明確に打ち出されていますから,新しい展開でありこれをどのように位置づけるかも検討したいと思います。
 最後に,LIPERでどういうことを考えていくかについて私見を申し上げます。一つは,以上述べたように図書館情報学教育はかなり多様なレベルでばらばらに行われていると言ってよい状況ですので,全体として何らかのカリキュラムの一貫性,体系制をつくっていかなければならないと思います。もう一点は,実務への対応ということです。実務というと,非常に軽く見られた時期があり,大学は理論的なことを学ぶのだというある種の幻想があったと思うのですが,今や専門職大学院ができるように,実務が中心に据えられた大学のカリキュラムをむしろ考えるべき時代に入っていると思います。そういう意味で,最新の実務内容を大学教育で教えられるようにカリキュラム化していかなければならない。その場合にとくに重要なのは,情報技術を図書館の実務と融合させたカリキュラムの開発です。
 それからもう一つは,競争原理の導入ということです。これまでは,司書の資格は戦後の教育改革の一環でできたもので,教員養成などと同じように大学の自由に任せるという大原則がありました。学術研究に基づく知識を教えるということで,アカデミックフリーダムが重視され,そのため大学以外の機関がその認定をおこなったり試験をしたりということが何となく避けられてきたような歴史的背景があったと思います。しかし,いつまでもこれでやっていけるはずがありません。
 この辺のやり方としては,いろいろな考え方があると思います。例えば,司書の資格を取った人に何らかの形で試験を受けてもらい,その結果が就職するのに何らかの形で生かせるような制度をつくるとか,第三者的機関が司書課程や司書教諭課程の認定を行うというようなことです。教員養成ですら文部科学省の課程認定が行われています。
 それから,研修との関係ということでは,大学が勝手に教育体制を変えるといっても,現状とのギャップ,あるいは,すでに図書館の現場で働いている方々との関係が無視されては当然まずいわけです。研修体制と呼応したものをつくっていかなければならないということです。
 そういうことで,最終的に,専門職大学院の実現の可能性を考えていくべきだろうと思います。それが今すぐつくれるような状況ではないということは十分承知した上で,アメリカやイギリスなどの状況を踏まえ,ある程度類似した制度をつくっていきたいと思います。基本的にここで考えているのは,図書館情報学をコアにした共通の基礎科目を設定した上で,さらにオプションとして,多様な館種,あるいはメディア,主題等に対応した選択科目をつくることで,かなり柔軟に今の状況に対応できるものになるのではないかと考えています。美術館・博物館,文書館等の情報専門職と,図書館情報学で情報専門職と言っているものとの関係はまだ明確にされていません。これからの議論で明らかにしていければと思います。
 10月にミシガン大学のデュランス教授が来たとき,私がLIPERについて説明したときに,アメリカでは「Williamson Report」がちょうど80年前の1923年に出てこれが今の専門職教育の基礎をつくったと言われているが,日本ではようやくそれに相当するものを議論する時期に来たのではないかと申し上げました。とりあえずはこれを目指してきちんと皆様と議論をし,「KALIPER Report」の考え方も一部取り入れながら提言に結びつけていきたいと考えています。私の話は以上にさせていただきます。どうもありがとうございました。