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エビデンスベーストアプローチによる図書館情報学研究の確立
第1回ワークショップ
「図書館評価における来館者調査と住民調査のエビデンスの確立に向けて」

議事録

開会の辞 | 発表T(岸田:前半) | 発表T(岸田:後半) | 発表U(上田) | 発表V(歳森) | 質疑応答

池内
 有り難うございます。
 ほかにどなたかいらっしゃいませんでしょうか。後でまた議論していただくということでよろしいですか。
 では続きまして,指定討論者の方にご発表・ご意見をいただきたいと思います。慶應義塾大学の上田修一先生から,ご発表いただきたいと思います。宜しくお願いいたします。

::: 発表U(上田修一氏) :::

上田指定討論者
 上田です。私はエビデンスという観点はひとまずおいて,来館者調査そのものについて幾つか論点を取り上げてみたいと思います。

これまで来館者調査の経験は,以下の3回です。

1980年東京都内4館6/25(水)〜29(日)2,937票
2001年東京都P区8館2/24(土)〜3/2(金)2,615票
2005年東京都Q区6館9/16(金)〜22(木)914票

 まず,1980年という今から4半世紀前の遠い昔に,東京都内の4館の図書館の来館者調査をいたしました。これは,純粋に研究として行いました。私は,港区のある区立図書館を担当し,開館から閉館の時間まで1日,調査票の配布と回収を行いました。

 2001年には,東京都内のP区で来館者調査をしました。この区の図書館協議会の委員を引き受けておりました。図書館協議会では,普通は年に数回集まって,図書館の状況を伺い,意見を述べ,任期の終わりに報告書を出していました。ところが,この時期にこの区の財政悪化が問題となり,行財政改革を行うことになりました。図書館もその改革の対象として取り上げられ,具体的には,図書館の数を減らす,資料費を減らすという案が検討されていました。図書館協議会ではかなりの危機感も持ち,来館者の声を聞くために来館者調査を行うことにしました。予算がほとんどないので,入力や集計は委員らのボランティアで行いました。調査票は作っても配布する人の手配もできないので,来館者には調査をしていることをポスターで伝え,調査票を申し出て受け取り,記入してもらうというような代表性に問題のある方法になりました。これはかなり政策的な意図があるもので,本来の来館者調査と言えないかもしれません。

 もう一回,やはり都内のQ区で行いました。この区は区立図書館の基本計画策定作業を予算化しており,作業をシンクタンクに委託しており,実際には,その企業が行ったものです。これも,調査票を配布するのではなく,来館者は申し出て受け取って記入という方式でした。

 最初の調査は,論文として発表しました1)。公共図書館の利用者像と利用行動について分析しています。3,052票を配布,2,937票を回収しましたので,回収率は96.2%でした。実は,岸田さんの結果を見て回収率に驚きました。25年前の我々の調査の回収率は100%近かったのですが,最近なさった岸田さんたちの調査では約60%ですね。二十数年の間にそれだけ回収率が下がっているということは,つまり,人々の意識に大きな変化があり,こうした調査に回答しない人が増えた,その結果,調査が行いにくくなったということであります。このことは,国勢調査をはじめ国が行っている各種調査の信頼性が問われるようになってきていることと同じです。この回収率の低下は,来館者調査においては大きな問題だろうと思います。

 来館者調査では,入館時に調査票を手渡しして,退館時に回収するという方法を取るべきだと考えています。自分で調査票をとって記入して下さいとすると,回答者に大きな偏りが生まれます。つまり,「図書館に関心の高い利用者だけが回答する」ことになります。

 他に見られるのは,回答者が自分を熱心な利用者と見せかける傾向が強いことです。これは,利用頻度やサービスの利用にあらわれます。利用頻度をきく設問では,例えば月1回とか週に1回といった選択肢を作りますが,年に2〜3回利用する人は,おそらく自分を納得させて月1回と回答するでしょう。本来は,検証して根拠を見せなければなりませんが,谷岡一郎『「社会調査」のウソ』2)にあげられている例があります。1998年の参議院選挙が終わって数日後に調査をして,投票に行きましたかと聞くと,984.3%が行きましたと言うんですね。ところが,その参議院選挙の投票率は58.8%だった。そうすると,調査の回答者は,選挙に行った人か,行かなかったのを忘れた人か,あるいは自分を偽っている人になります。自分を偽って答える,すなわちうそをつく人がかなりいるのです。そうした問題が基本的にあります。

 これは,いくつかの調査結果をみて,気付いたのですが,要望を尋ねると,「常に開館日の増加,開館時間の延長要望が高い」という傾向がみられます。その図書館が休日や祝日の開館をしていても同じです。この原因は,たまたま自分が行ったときに休館だったという記憶が強く残っているからではないかと考えます。もちろんこのことについてもエビデンスを示さなければなりませんが。

 次に,来館者調査を何のためにしているのかを再考し,その目的を果たすには来館者調査に代わる調査方法はないかを考えてみます。

 1980年の調査の目的は,どのような人たちが図書館を利用しているかを知るためでした。特にどのような人口統計的特徴を持つ人々かということです。米国では長く,学歴の高い層や比較的,収入の多い層の人々が公共図書館の主な利用者であるとされてきました。それを実証する,あるいは反証するには,来館者調査が適していますとされています。

 けれどもこれは,人口統計と図書館利用登録記録の分析によって調べることもできます。ただ,学歴や収入は,人口統計から得にくく,登録記録にはありません。今ではあまり直接に尋ねるわけにはいかなくなっていますが,来館者調査の中で工夫をして質問項目に入れることはできます。つまり,独自に設定した質問項目を入れることができるという点は,適切な人口統計が入手できない,登録記録が使えないという状況においては,来館者調査の大きな利点となります。

 来館者調査は,サービスの利用状況や滞在時間など館内行動の実態を知るためにも行われます。それぞれのサービスの利用状況の実態は,利用のカウントができれば,わかります。しかし貸出はカウントできますが,新聞を読む人数,閲覧席の利用状況のようにカウントしにくい,できない場合があります。また,不正確になりがちです。

 もう一つの代替案としては観察調査があります。私は,観察調査はもう少し開発しうると思っています。目でずっと観察をする,ビデオを使う,館内で30分とか1時間おきに何をしているかを調べて回るというようなことも考えられます。ただ,今は利用者の諒解を得ないでこうした調査をするのはなかなか難しい状況にあります。

 こうしてみると,来館者調査は,利用者の諒解があるという面では問題がないことになります。観察調査はもう少し考えれば可能性があると思いますが。

 利用者の意見や要望を聞くことも来館者調査の目的になります。けれども,利用者の意見や要望をきくには,面接調査やフォーカスグループインタビューのようなやり方のほうが多分よいだろうと思います。回答に対応して詳しくきくことができますし,対話に触発されて,より潜在的な意見が現れることもあります。

 けれども,来館者調査では,無記名での意見や要望が収集できるという利点があります。これは,結構大きな長所かもしれません。

 来館者調査の総合的な利点は,コストはかかるけれども,被調査者の諒解を得た上で,一つの方式でいろいろなデータ収集ができるという点でしょう。

 来館者調査に関して,標準的な方法を開発できないだろうかと考えています。エビデンスベーストライブラリアンシップという点からみますと,図書館でサービス評価をしたり,利用者の調査をしたいというときには,まず,文献を探すことが必須となります。過去の事例,例えば岸田さんたちの文献がみつかれば,調査の仕方とその結果が本当に役に立つだろうと思います。文献から得られている確かな証拠をもとにして,足りない部分を新たに調査するという手順になります。これを円滑に行うには,標準的な方法での調査の積み重ねが必要になります。

 標準的な方法では,来館者調査では,前述のように人手で配布して,回収は箱に入れるのが基本です。ところが,ここで手を抜きがちです。図書館で行う場合,人件費がかかることはできないということになり,「図書館の利用者アンケートを実施中」といった看板を立て,どこかに調査票を置いておいて,持っていってもらい,回収箱で回収するということになります。岸田さんのお話にあったように,特定の曜日だけでよいし,一定の量が集まれば,そこでやめてもよいことがわかっているわけです。配布といったことだけでも,標準化できる部分が多々あります。

 調査時期や曜日や時間帯のほかに,調査時期,すなわち何月に行うのがよいのかという問題があります。例えば,8月に行えば8月の状況がわかるからいいのだけれども,夏休みであり,一年を代表しません。3月も4月もまた違うというようなことがあります。

 調査票は,A4判1枚裏表におさめざるをえませんから,それほど多くの質問はできません。図書館への要望を選択肢で選んでもらうということも行なわれています。しかし,選択肢の作り方には注意が必要です。これは極端な例ですが,例えば,「起業家向け相談サービス等のビジネス支援サービス」といった誘導的な選択肢を12項目ほどあげました。ところが,調査結果で一番要望が大きかったのは,あまり深く考えずに入れておいた「図書館内のカフェの設置」でした。

 設問のワーディング,すなわち用いる用語に気をつけなければなりません。図書館員が使っている用語をそのまま使ってはならないという点には,最近,みなが注意するようになってきました。

 自由記入欄も必要です。先の図書館の統廃合も考えられていたP区の場合,この自由記入欄への記入が非常に多く,住民の方々が図書館を心配していることがよくわかりました。

 最後は,調査結果はどうなるのかについてです。来館者調査の結果は,満足度調査の結果も同じですが,岸田さんが繰り返しておっしゃっていたように「plan-do-see」というサイクルを意識して使うべきものです。その中で使わない限りは,こういう結果が出ましたで終わってしまいます。

 もうひとつ,これとは別に,研究における利用ももう少し考えなければいけないだろうと思います。

回答者の年齢構成の変化
20歳代40歳代60歳以上
1980年27.1%9.6%3.8%
2001年25.0%14.5%13.9%
2005年8.9%21.4%19.8%

 1980年とごく最近に調査をして,回答者の年齢構成の変化に興味をひかれました。ご覧のように,1980年代は,若い層,それから特に子供と主婦の利用が多く,40歳代以上の利用は多くありませんでした。高齢者はほとんどいなくて,若い雰囲気でした。それが今では,年齢の高い利用者が非常に多くなってきています。それは当たり前だろう,日本中が高齢化しているのだから,ということになるわけですが,本当にそうなのでしょうか。地域に密着した組織としてだけを考えるのであれば,図書館は,住民の年齢構成を反映するでしょうが,図書館には別の図書館特有の役割もあるのではなかろうかと思います。

 公共図書館の活動がどのように社会の変化の影響や地域の影響を受けているのかは,研究課題となると思いますが,研究には,長い期間の,各地でなされた標準的な方法でなされた来館者調査のデータが必要です。


1) 田村俊作,上田修一.公共図書館の利用者像.Library and information science. No.18, p.123-140(1980) /公共図書館利用者の利用行動.Library and information science.No.19, p.99-115(1981)
2) 谷岡一郎.「社会調査」のウソ.文藝春秋,2006.222p.

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