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エビデンスベーストアプローチによる図書館情報学研究の確立
第1回ワークショップ
「図書館評価における来館者調査と住民調査のエビデンスの確立に向けて」

議事録

開会の辞 | 発表T(岸田:前半) | 発表T(岸田:後半) | 発表U(上田) | 発表V(歳森) | 質疑応答

池内
 どうも有り難うございました。それでは引き続き,歳森先生に発表いただいてよろしいでしょうか。よろしくお願いいたします。

::: 発表V(歳森敦氏) :::

歳森指定討論者
 筑波大学の歳森です。(以下,パワーポイント使用
 私がここでお話しするのは,図書館評価における住民調査の利用という観点からの幾つかの話題です。岸田先生が住民調査というのが幾つか技術的な問題点があるというふうに簡単に紹介されましたが,そこをもう少し具体的に申し上げると,皆さん既にご存じのこととは思いますが,大きく分けると二つの問題がある。一つは標本抽出の問題でありまして,それは期待される精度あるいは想定される回収率というものから,どれだけの配布数を確保すればいいか。これは予算との兼ね合いでなるべく最低限に抑えたい一方で,期待する精度を満たさなければいけないという問題がある。もう一つは全住民からの無作為抽出というのが原則であって,それを満たすために,先ほど多段系統抽出という話がありましたが,やや面倒くさい方法をとらなければいけないという,そのあたりの技術的な問題点。
 もう一つは費用がかかる。一般的には,例えば住民基本台帳を使うとすると基本台帳からの転記費用,人が出ていって閲覧をしてそれを転記してくるというのでもちろんマンパワーがかかっている。さらに,それを何百通郵送するということに関して郵送費が当然かかる。これは来館者調査も同様ですが,返ってきたものに対して,データ(入力するのに)当然費用がかかるということで,来館者調査と比べると転記費用とか郵送費というのが丸々上積みされるような形になってしまう。
 そういうのが問題だという話ではあるのですが,では本当に技術的な問題だけなのか。来館者と住民調査というのは難しいか難しくないかというところで割り切ってしまっていいのかというのが,今日の私のやりたい一つの話題です。
 住民調査というのは,この業界では最近はあまり行われなくなっている,特に日本ではあまり行われていないと(言われています)。BIBLIS for Webでしか見ていないのですが,98年以降のデータで住民調査をディスクリプタに持つものはわずか1件しかないし,それも実際には住民満足度調査で住民調査がひっかかっているだけで,来館者調査をやっているものがここに1件だけ登録されている。
 利用者調査というので引っ張ってみると,大学図書館がいわゆる来館者ではなくて,学生や教員を対象に行った調査というのは少しあるのですが,公共図書館あるいは公共図書館をテーマにしている研究者が住民を対象とした調査というのがなかなか見当たらないというのが恐らく現状だと思います。
 そうするとなぜ住民調査が使われないかという問題に突き当たるのですが,これは個人的な感想としては問題が二つあるだろう。一つは割と理念的な話です。狙っている母集団がそもそも違う。例えば全住民を対象と考えなければ,わざわざ住民調査をやる必要がない。先ほど少し議論がありましたが,例えば図書館の利用の満足度をはかるということで現利用者ということだけを考えるのであれば,何も現利用者というものが半分あるいはそれ以下である住民を対象にした調査をする必要はないわけです。
 もう一つは技術的な問題でありまして,抽出台帳を確保するのがだんだんと困難になってきている。通常の場合,住民調査は住民基本台帳または選挙人名簿を使って調査をするのですが,これがだんだんと閲覧が難しくなっているというのが,最近の困難さを増している現状です。住民基本台帳の閲覧というのは法的にはだれに対しても権利が認められていたから,今までは住民基本台帳あるいは選挙人名簿というのが使われてきた。なおかつ,ある地域に住んでいる人の名簿としては,網羅性あるいは更新性というのが常識的なものと比べると極めて高い。問題点があるとしたら,外国人が含まれていないぐらいのことかしらというのが理念的な話です。
 けれども住民のプライバシー意識の高まりで閲覧への制約というのが,現実的にはかなり強く行われるようになってきました。これは市町村あるいは区によって相当態度が違うのですが,大都市部になればなるほど難しくなってきたというのが現状で,やろうと思っても,そもそも市役所に行って「お願い」と言った瞬間に断られるという現状であればできないじゃないかというのが,今の住民調査の置かれた現状です。
 これに関しては,今回の話題からは少し離れるような気がしますが,住民基本台帳の閲覧制度というのが実は先月11月に変わっています。これは今年の6月に法律の改正が行われて,11月1日から施行されたということなので,ごくごく最近の話ですが,今までは何人でも閲覧を請求できるという制度だったのですが,これが廃止されました。閲覧できる主体と目的を限定するというふうに大きな方向転換が今年行われたという話です。
 ここでお示ししたのは,(閲覧制度改定に関する)報告書を出しましたという,去年の10月の総務省のプレスリリースのURLですが,ここでは制度を変えるという考え方や諸外国の住民基本台帳に相当する制度であるとか,いろいろな資料がまとめられていて結構おもしろいので,興味のある方はぜひ見てみてください。国によっては住民基本台帳的な制度があって,そこの名簿を社会調査ではデジタルデータとしてもらえるなどといううらやましい国もあるという話が出てきて,そういう国に生まれればよかったなと思ったりします。(笑)ともかく,日本では今,大きく制度が変わっていると。
 どういうふうに変わったかというと,閲覧できる範囲が大きく限定された。国や地方公共団体が本来行うべき事務または業務を遂行する場合は,それができるということと,もう一つ我々にとって関係がある話としては,報道機関・学術研究機関が行う社会調査というのも一応その範囲には含まれている。ただし,社会調査のうち公益性が高いと考えられるもの,公益性が高いかどうかというのを自治体側で判断しますよという留保がついています。
 報告書の中では,公益性が高いことの判断基準としては,調査結果が広く公表されるであるとか,その成果が社会に還元されるということを基準とすべきだということが述べられているので,我々がもしこの法律改正のもとで住民票の閲覧をするのであれば,そういうことを主張していかなければ閲覧ができないということになってきたということかと思います。
 ダイレクトメールや市場調査などの営業活動のための閲覧というのは全面的に禁止されるようになったという話です。
 改正後の楽観的な見通しとしては,図書館が図書館の評価のためにやる調査というのは,はっきり認められている。研究者が研究のために行う調査研究というのも一応枠組みとしては認められているということで,大都市部では例えば1票当たり1000円いただきますとか,あるいは閲覧時間は1カ月に1日ですとかいうような事実上の閲覧禁止というものが行われていた状態に比べると,正面突破を覚悟するのであれば調査の可能性が高まったかもしれない。12月になったばかりなのでまだだれも試した人がいなくて,これはどうなるかわかりません。いずれチャレンジしようとは思っていますが,だれかチャレンジした結果,わかったらぜひ教えていただきたいと思います。
 これは法律の改正前に私がつくば市でやった住民調査で,いかにコストがかかるかという話です。これは2003年2月で,先ほど調査の時期がどうかという話があって,2月というのがよい時期かと言われると,そんなにいい時期ではないと思いますが,2003年2月に調査をつくば市でやりました。つくば市というのは,少なくとも2003年2月の時点では住民票の閲覧に対しては比較的柔軟であったという話です。もちろん調査の目的などを出させられるのですが,比較的フレキシブルな形で閲覧が可能だったので,こういう調査ができました。
 ここでは15歳以上のつくば市民を対象に調査をしますということで,回収率を30%程度に想定して,期待精度は5%でした。期待精度というのは怪しくて,2段抽出でやって期待精度も何もあったものではないという話はあるのですが,単純無作為抽出だと考えるとすると5%という話です。そうすると,本当は1200ぐらいあればいいのですが,切りのいい数字でという野心があって1500ということでやりました。
 市町村によって違いますが,つくば市は字(あざ)別にその台帳が編成されていますので,字別に2段抽出を行ったというやり方です。各地点の系統抽出をやるということで,1500の住民の名簿をつくったのですが,この転記作業に4人の人が丸1日かけるという形でやりました。転記してきた1500の名簿をラベルに打ち出すための入力に1人が1日――実際には1日もかかっていないですが,それぐらいのマンパワーがかかっています。
 配布するほうでは,やはり手を抜きたかったので,調査票を折るなどという手間は省いて,A4版で角2の封筒にほうり込むというようなことをやると,送付に120円かかりますと。宛名ラベルを張ったり調査票を封入するのに,2人がかりで1日半かかったということで,マンパワーがかかっています。
 料金受取人払いという形で発送してもいいのですが,一般的には受取人払いよりは返信用の封筒に切手を張って送りつけたほうが回収率が高いということが知られていまして,神頼みみたいなものですが,切手を貼って送るとざっと回収率が32.1%です。実際には,いろいろとごみがありまして,住民基本台帳を見て送ったはずなのに配達できなかったのが7通あった。これは1月1日現在でつくられた台帳を1月の半ばに見て2月に送ったら,その間に7件ぐらいいなくなっていたという話です。送った先で,その人が例えばいま長期出張で締め切りまでに帰ってきませんとか,病気で答えられませんとか,あるいはたどり着いてはいるけれども,私はいま鹿児島県にいますとかというようなのが15通で,ごみもあるのですが,ともかく1500送って481通得ることができた。
 これは岸田先生の伊万里,熊取,栗東から見ると大幅に低いけれども,実際に調査をやる主体によっても回答者の反応が違っている印象があって,大学というか,私がやると30%前後というのが,いま郵送調査で得られる数字かなという感触です。
 ただし,そうやってやった努力と汗の結晶のはずの住民調査が,来館者調査に比べてワンダフルなものかというと,実はそんなことはありません。「住民調査の事例:年齢構成の偏り」のグラフは人口ピラミッド風ですが,うっかりしていて左側が男性ではなくて女性になっています。人口ピラミッドは普通は左側が男性なのですが,うっかりしていて逆にしてしまいました。調査の2年前の国勢調査からわかる15歳以上のつくば市の市民の人口構成が左側のグラフ。右側が,その2年後に行った私の調査で回答してくださった人の年齢構成のグラフ。2年間の違いがあるということと,もう一つは,つくば市は筑波大学という大学があって,そこにいる大学生で住民登録をしないという法律破りな人たちが1万人ぐらいいるので,そういう人たちによるゆがみがあるとはいえ,明らかに女性と高齢者が調査する人にとって優しい存在であるということがわかります。つまり,住民調査をやったから偏りのないデータがとれるということでは断じてない。残念ながら相当偏ったデータが得られているという現実があります。
 女性が調査をする人にとって優しい,あるいは高齢者が調査をやる人にとって優しいというのは多分,来館者調査でも同様の傾向があるかと思います。
 この事例から見ると,確かにそれなりのコストが来館者調査に比べてかかっているということもわかりますし,理念レベルの話でも,母集団に関する網羅性に関してもある程度疑問はある。今,日本の社会では外国人がだんだんふえてきていますが,住民基本台帳を使ってやる限りはそういう人が入ってこない。あるいはそこに登録していない学生などは入ってこないという,網羅性に関してもある程度の疑問がある。なおかつそういうものにある程度目をつぶったとしても,回答者自体で偏りが起きているというのが,今の調査の現実であるということになると思います。
 来館者調査と比べるとどういうことかというと,基本的には母集団がそもそも違うというのが私の認識です。住民調査は一応全市民を対象にしていますが,来館者調査というのは特定期間の来館者という特殊な人たちを母集団にしている。ここが一番違うのですが,調査的な特性でいうと,来館者調査は回収率が相対的に高い。先ほどかつては90何%でしたという話が出てきましたが,いま来館者調査をやると恐らく50%前後になるかという感じがしています。それでも,住民調査の30%に比べると来館者調査のほうがやや高い。コストに関しては,来館者調査はマンパワーが大変という話はありましたけれども,住民調査に比べたら当然安いと。ここが違うところであって,偏りは多分来館者調査にしても住民調査にしてもある。逆に言うと,調査をやる以上,私は偏りはもはや避けられないと基本的には思っています。
 その母集団が違うという話をもう少し詳しく見ますと,実はこの数カ月前につくば市の中央図書館で来館者調査をやっています。同じつくば市の来館者調査で得られた利用頻度の構成と,その2カ月後の住民調査で得られた利用頻度の構成は,当然,住民調査では使ったことがないという人がたくさんいるわけですが,比べてみても明らかに違う。住民調査で見ると,1年間に数回しか使っていない人たちが,使っている人たちのグループでも一番多く,半数以上を占めているけれども,来館者調査ではごくごく少数であると。
 基本的に調査をやる人はこれを承知で来館者調査をやるし,それを承知で住民調査をやっているのですが,例えば岸田先生の結果で住民満足度という観点でいうと,この二つが極めて似た満足度を出している。つまり利用満足度という数字は,打たれ強い数値であるというのがわかったというのが,岸田先生の調査あるいは研究の大きな成果かと勝手に思っています。こういう明らかに特性が違うというところでは,この二つはそもそも位置づけを変えて考えるべきではないかというのが私個人の意見です。
 それをもとに「住民調査の意義は?」ということを見直すと,非利用者を含む全市民による評価ということで位置づけるのであれば,住民調査の出番であるということが恐らく言えるだろう。ただし,そのときに意識しないといけないのは,本来,図書館の利用量という概念は微妙だと思うのですが,利用の大半をつくり出す人たちである日常的な利用者というのは,ごくごく少数派になっている。ですから,それは評価としてどちらが狙っている評価のスコープなのかというのが,そもそも問題になるのではないかという気がいたします。つまり,どの調査を選ぶかということで,その人あるいはその評価の枠組み自体が問われているのではないかという気がしています。 もう一つは,住民調査対来館者調査という軸があるのですが,第3の選択肢というのはないだろうかということで,登録者調査というのがあるのではないかという気が私は最近ではしています。ただし,登録者調査というのは昔から,名簿が古いとかいろいろな問題を抱えていまして,多分顧客リストによるカスタマー・リレーションシップ・マネジメントと位置づけるのであれば,そのリストの質の大幅な改善が必要だろうし,あるいは個人情報保護法との関連でいえば,そもそも登録情報の利用目的の範囲をきちんと規定として改訂しないと使えないだろうという気がします。ただ,日常的な利用者に大きくウエートを置いた来館者調査と,市民一人一人に同じ重みを置いてしまった住民調査に対して,第3の軸というのがあるのかなという気がいたします。
 エビデンス云々という話が住民調査においてはどうなのかということでいえば,何がエビデンスかという調査の結果はここでは一切私は言っておりません。ここでは,高いエビデンスを持つということが調査結果から言えるとすると,それはどういう条件があるかということを申し上げたいと思います。先ほどワーディングとかいろいろな話題が出ていましたが,前提は当然「良い」質問紙であること。あるいは他と比較できるということ,標準化みたいな話もあるかもしれません。ともかく質問紙がよいものであるということは,その住民調査か来館者調査かという以前の問題として起きるだろうし,もう少し簡単な形式上の問題としては,住民基本台帳などの信頼できるソースを使った無作為抽出という手続がきちんと守られているかどうかということが,エビデンスという意味では重要な判断基準になるだろう。そのときの回収率がどうであるかということが,そのエビデンスを生み出す根拠になるだろうという気がいたします。
 ただし高い回収率とはいえ,今では現実的には30%しか達成されないし,なおかつその30%の回収率で,母集団から比べるとかなりのゆがみが生じているというのも現実ではあります。
 母集団が来館者調査とは違うという話を申し上げましたが,何より全市民による評価という枠組みが妥当でなければ,そもそもエビデンスといってもナンセンスであろうというのが,住民調査を構成するエビデンスかと思います。岸田先生の議論とここはかみ合っていないような気もするのですが,そういう住民調査におけるエビデンスとは何かという話は,こうではないかという話です。
少し時間が延びましたね。申しわけありません。

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