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エビデンスベーストアプローチによる図書館情報学研究の確立
第4回ワークショップ
エビデンスに基づく研究におけるインターネット・モニター調査の現在点」

議事録

開会の辞 | 発表T(辻:前半) | 発表T(辻:後半) | 発表U(長崎:前半) | 発表U(長崎:後半) | 質疑応答

::: 発表T(辻慶太氏:前半) :::

発表者
 筑波大学の辻です。よろしくお願いします。発表時間が50分というふうに割り当てられているんですけれど、パワーポイントを使って50分話すというのは僕の場合は無理なので、多分かなり短くなるのではないかと思います。
 では、始めます。発表の構成はこのようになっています。まず初めに、僕は経験者という立場らしいので、自分の最近やったインターネット調査の紹介から入ろうと思います。まず、司書資格はどんな効果を取得者にもたらしたかというものです。これはおととしの秋に発表したと思いますが、司書資格は取ったけれども図書館員にならなかった人はどんな進路に進んだのか、幸せになったのかという調査を行いました。これは現在、『日本図書館情報学会誌』で査読中です。
 また現在、派遣職員や委託職員など、いろいろな職員が図書館に勤めていると思います。その人々の中には、図書館員だったけれども異動や健康上の理由などいろいろな理由でやめた人もいると思います。やめた人は今どんなふうに振り返っているだろうか、現在働いている人はどんなふうに感じているだろうかということに関心があって、そういう調査も12月に行いました。これは根本先生と三浦太郎君との共同研究でして、3人でいま分析を進めているところです。
 それらの調査では、Yahoo!リサーチを利用しました。Yahoo!リサーチは、インテージ・インタラクティブという会社が裏のほうでやってくれているので、実際にはこちらにいらっしゃる長崎さんがやってくださいました。
 Yahoo!リサーチでは、スライドに挙げましたような2段階を踏んで調査を行います。第1段階はスクリーニングです。現在、130万人ぐらいの登録者(モニター)がいるらしいですけれど、その人たちに幾つか質問をして、調査対象を選抜します。先ほどの研究でいうと、「司書資格をあなたは持っていますか」「現在の職業は何ですか」といった質問を第1段階でします。
 その結果を受けて、抽出されたモニターに対して一番聞きたかった質問を行います。これが第2段階の本調査の段階です。私の調査研究では、司書資格を持っていて図書館員でない人706人に対して、「現在、幸せですか」といった質問をしました。
 数字が出たほうがイメージがわきやすいかと思いますが,いま画面に映っているのがスクリーニングの調査結果です。スクリーニングでは、最終学歴、司書資格を持っているか、現在図書館で働いているかということを聞きました。聞いた人数は全部で11万6253人です。その人たちのうち1406人が、「司書資格を持っていて図書館で働いたことがない」と答えてくれました。
 この11万人全部に聞くのもできるでしょうけれど、えらいお金がかかってしまうので、この中から無作為抽出で本調査の対象者を選びました。先ほど言った706人とか140人に本調査を行いました。
 授業のくせで繰り返し同じような例を出しますが、今画面に映っているのは先ほど申し上げた2つ目の調査,根本先生と太郎君とやっている派遣職員等の調査結果で、青いほうがスクリーニング調査の結果です。こちらは予算がなかったわけではないですけれども先ほどより少ない、1万6000人に聞きました。本調査は、定期職員として以前勤務していたけれども今は図書館員をやっていない司書資格のある人38人、ない人38人を選んで、この人たちにいろいろなことを聞きました。
 本調査のアンケート質問画面の例は今画面に映っているようなものです。司書資格の研究ではこのようなアンケート票が回答者のパソコンに映り、ここにチェックを入れて回答していくという形がとられました。
 ちなみに(1)の結果としては、年収が低い、結婚した人の場合も配偶者の年収が一般より低いとか(笑)、いろいろな結果が出ました。司書資格を持つ図書館員は、持たない図書館員よりも専門的な業務に従事しているということがきれいに出たので、これはおもしろいなと思いました。司書資格を持つ一般人のほうが、司書資格を持たない図書館員より図書館用語についてはるかに詳しいです。司書資格を持たない図書館員は、「納本制度」「ILL」「レファレンス」という基本的な用語も知らない人が結構いておもしろかったです。
 こんな話を聞くと、自分も調査してみようかなと思う方が何人か出たと思いますが、気になるのはお値段ですね(笑)。いま画面に映っているのが料金表です。500人に対して30問聞きたい場合は55万2000円、50問かけて300人に聞きたいという場合は56万という値段です。これは本調査の価格です。
 Yahoo!リサーチは2段階の調査を踏むと言いましたが、スクリーニングはスクリーニングで別の料金がかかります。スクリーニングは万単位の人に聞くので、こちらのほうは結構お金がかかります。ちなみに、本調査・スクリーニングあわせて,僕の司書資格の調査は198万円かかり、根本先生のほうは99万円かかりました。  それでは、これまでの経緯・範囲やインターネット調査に関する略史の話に入ります。近年、マーケティング・リサーチや社会調査においてインターネット調査が注目を集めています。注目を集めるようになった背景はどんなものがあるかというと、まずそれまでは順調で順風満帆というか割とよかった調査環境がありました。それが悪化してきたことと、社会の高度化につれて課題も高度化してきたといった背景があります。これらについて説明していきます。
 かつての調査環境は、諸外国に比べると割とよかったんですね。人口が過密なので、そんなに遠くまで配らないでいいわけです。治安が保たれていたこともあって、何かを聞くと、割と答えてくれる国民性があったと言われています。これは日本の特徴みたいですけれど、ほかに住民基本台帳がかなり大きな役割を果たしていました。これが訪問調査や郵送調査に適した設計になっていて、住民基本台帳を使って調査員を派遣するのが容易だったということがありました。こういうものはアメリカなどにはないらしいです。
 こういう好条件のおかげで、欧米などに比べて比較的長い間、最も正統的と言われる訪問面接調査が実施しやすかったと言われています。訪問面接調査というのは、その人の家まで行ってピンポンして対面で聞くというものです。
 補足的な話ですが、このように日本では環境が恵まれていたというのがあったので、巨大な調査会社があまり発達しなかったそうです。すなわち調査会社というと、中小企業がほとんどだったという結果につながったと言われています。大企業がなくて中小企業なので、その日の仕事に追われるという感じが多くて、研究とはどうあるべきか、調査はどうあるべきかという研究を継続的に行う体力を欠くことになったのではなかろうかという批判が、僕が昨日読んだ話に書いてありました。
 次に、調査環境の悪化です。環境の悪化は,すごく微妙なものがいろいろ積み重なって、じわじわ真綿で首を絞められるように悪化したのだそうです。まず、ドアホンが普及したことによって、人がドアをあけなくなり、面と向かって聞くというのが難しくなってしまったと言われています。
 また昼間働く人がふえたり、どこかへ行く人がふえて在宅率が低下したため、訪問調査や電話調査がだんだん難しくなっていってしまったと言われています。さらにプライバシーの意識の高まりを受けて、住民基本台帳は公開しない自治体がふえています。先ほど、住民基本台帳は日本の特徴ですごくよかったとお話ししましたけれど、それが使えなくなってきたというのがあります。電話帳に自分の電話番号を載せる人が減ったということで、調査対象の抽出が困難になってきたというのもあります。
 アンケートを名乗るキャッチセールスが横行して、アンケートに不信感を持たれるようになってしまったというのもあります。僕も昔、新宿でお金を巻き上げられたんですけれど、そんなこともあります(笑)。「ちょっとお聞きしたいことがあります」と言ってドアをあけさせて、強盗に入るという事件が2005年に大阪のほうであったりもして、最近は治安も悪くなってきたので、答えてくれる人が減ってきているというのがあります。
 その一方で、逆に答える気満々という人がふえています。謝礼を払って答えてもらうというアンケートの形態がふえてきたので、それ目当ての調査なれした生活者が登場し、回答がちゃんとしているだろうかという問題も起きています。
 また先ほど挙げた調査課題の高度化という問題も起きています。商品やサービスのライフサイクルが短くなって、企業が意思決定にかけられる時間がだんだん短くなってきました。その分、調査も短期間で終わるものが求められるようになってきています。そして、商品・サービスのターゲットが細分化されてきました。細かく差別化を図って、私はこういう点で選んだみたいな、買う人の心をくすぐるものがふえてきました。このようなことで、ターゲットの属性や意識を解明するのに、複雑ないろいろな質問を組み合わせて解明するという必要に迫られてきました。それがどういうことで困るかというと、答えるのが大変になってきたんです。これまでのように紙に手で記入するのが大変になってきていて、調査対象者に負担を強いることになってきたというのがあります。
 そんな折にインターネット調査が登場してきました。1996年が、日本におけるインターネット調査元年ではなかろうかというような声もあります。96年というのは、インターネット何とか元年というのが多いみたいですけれど、このころYahoo! JAPANを初めとするインターネット広告メディアが成立します。このインターネット広告メディアが、牽引車になっていきました。
 インターネット広告メディアは、自分たちのページを見ている人たちがどんな人なのかというのを把握する必要がありました。「うちではこんな人が見ていますから、お宅の会社の商品を載せると売れますよ」とか、そんなことが営業のところで情報として求められるになりました。こうした動きのもとで、ヤフーやインターネット広告メディアが自分たちのために、まずインターネット調査を始めたというふうに言われています。
 これは形式的な話ですけれど、初期に用いられた手法は、雑誌の読者アンケートのような形でヤフーのページ内で調査協力を呼びかける(もので)、「オープン型」と言ったりするらしいですけれど、そういうタイプが主流でした。「答えてください」と、メールでだれか特定の個人に頼んだりはしない、そういうタイプのアンケートが行われました。
 インターネット調査は当時,すごく真新しいものだったので、みんなの注目を集め、当時は純粋に親切に答えてくれる人が多かったということです。調査協力者はインターネットを96年にワイワイやっているような人たちですから、新しもの好きで、しかもお金もある、情報を波及する力があるということで、イノベーティブな人たちであるということが判明しました。
 それは、インターネット広告メディアにとって有利な材料になるわけです。「うちで調査を行うと、市場の先行指標となる未来の生活者の意見を聞くことができますよ」という殺し文句で企業に売り込みをかけていく。それで、商品やサービスを販売する会社がインターネットに注目し出したというのがあります。
 当初のインターネット調査はオープン型でしたが、より多様なテーマに対応できるように、もっとたくさんの人たちを囲い込んでおく、連絡先を聞いておく、「こんな調査が来たから、あの人に聞こう」という形でモニターを確保しておいて、いつでも聞ける状態にするという形態がとられるようになりました。これは「クローズド型」と言ったりもするらしいです。
 先ほどYahoo! JAPANは今130万人いると言いましたけれど、このように数万人確保しておくことで、出現率が低い調査でも、十分なサンプルを確保できるということをうたい文句にし出して、次第に大規模な調査産業という感じになっていきます。インターネット調査は、アンケート調査システムを構築して答えを集計して企業に渡すということでよいので、インタビューのテクニックや調査員の訓練、人間力みたいなものは必要ないというのがあります。また、全く新しい形態なので、ほかの会社も別にノウハウを持っていないということで、従来からあったマーケティング・リサーチ会社よりは、プロバイダーやシンクタンクなどほかの業種の会社が入り込んできました。「業界の中心となった」とPPTファイルには書いてしまいましたが、これは言い過ぎかもしれません。そういうものがふえたというふうに訂正させてください。
 マーケティング・リサーチとは何かというと、マーケティング・リサーチは市場調査と訳しますが、これと社会調査とは別だというふうに言われているようです。この両者の違いですが、マーケティング・リサーチは、企業が結果の受け取り手であり、自分たちの意思決定に用いるだけだというのがあります。ですから、使う人と使い方がはっきりしています。細かい正確な数字が欲しいわけではなくて、ライバル会社とどれぐらい差があるのか、前回よりもスコアが上がったのか下がったのか、そういうのがわかればいいというのがあります。それに対して社会調査はどうかというと、受け取り手は不特定多数の人たちで、受け取り手によってその利用法はさまざまです。社会調査の調査結果には、公的機関が公表するにふさわしい代表性や汎用性があることが期待されています。
 マーケティング・リサーチ(市場調査)と社会調査の二つがあるとして、インターネット調査は市場調査にはいいのではないかと言われてきていますが、社会調査や学術調査に用いてもよいものなのかというのが問題になってきます。後で述べますけれども、今いろいろな問題が指摘されています。
 ただ海外では、既にシンガポール、韓国、アメリカではインターネットを使った国勢調査(原文では人口センサス)が実施されています。シンガポールでは、2000年にインターネットを使って国勢調査(人口センサス)が実施されたそうです。データベースをシンガポールは充実させているらしいですけれど、そこから20%の世帯を引き出して、インターネットで回答してもらっています。シンガポールは割と進んでいます。アメリカでは同様の調査で6万件の回答が得られたそうです。韓国でも、2005年11月にインターネット調査が導入されたということです。このように海外では、国勢調査(これは社会調査に含めていいと思いますが)がインターネットを使って行われている例があります。
 日本でも計画が進んでいて、2003年7月に「電子政府構築計画」が発表されています。そこでは「業務・システムの最適化」を政府全体で取り組むということが言われるようになりました。業務システムの中には、統計調査などの業務も対象になっています。統計調査に使える一元的なシステムをつくろうということが言われていて、2005年4月に「統計調査等業務の業務・システムの見直し方針」が定められて、今年、2006年度末までには計画を策定することになっています。もしかしたら、もう発表されているのかもしれません。
 ちなみにどんなシステムかというと、これは参考ですけれど、調査対象者が持つパソコンで回答できるようにする。調査票はPDFを標準とする。SSLを使って認証にはGPKIを使う。回答者に郵送でIDとパスワードを配布して本人確認を行う。オフラインでも回答できるようにしましょうというふうに考えられているそうです。アメリカなどで行われていたように,フロッピーディスクを郵送して、フロッピーディスクを返してもらうという形態のイメージも考えられているらしいです。霞が関WANや総合行政ネットワーク(LGWAN)を通じて、市町村、都道府県などからアクセスできるようにしよう。サーバは、全国に散らばらせないで中央に一元的に置く。そんな計画が進められているそうです。
 今のは社会調査の代表例として国勢調査の話を挙げましたが、学術分野ではどうかというと、主に医学分野で徐々に利用され始めているような感じがしています。喘息コントロールテストの有用性、膝の痛みについて、眼のかゆみについて、歯科に関する用語の認知など、そういう調査研究で使われています。医学分野は新しいものをどんどん取り入れていく分野ですので、もしかしたらほかの分野も追随していくのかもしれません。

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