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エビデンスベーストアプローチによる図書館情報学研究の確立
第5回ワークショップ
「図書館史研究にとってエビデンスとは何か?」

議事録

開会の辞 | 発表T(小黒:前半) | 発表T(小黒:後半) | 発表U(三浦) | 発表V(吉田) | 質疑応答

::: 発表T(小黒浩司氏:前半) :::

小黒発表者
 今ご紹介いただきました小黒です。よろしくお願いします。
 こういったところにあまりお呼びがかからない人間なもので、ちょっととまどっているんですけれども、そもそもこの図書館史という分野は、私はずっと図書館情報学の中の極北に位置する分野であるという意識を持っていました。皆さんたちも多分そんなようなことをお思いだと思います。ところが、どうも最近、少し風向きが変わってきているのかなと思います。ここにいる3人とも、図書館史を専門とする日本図書館文化史研究会の会員でもあるんですけれども、この研究会は、ここ数年、会員数が急増していまして、1年度単位でいきますと10人程度ずつふえていっているというような状態です。資料として今度の研究集会のご案内と我々のこの研究会の25周年記念の論文集のご案内を配りましたが、この論文集は20本の図書館人の人物評伝の集合でして、こういったものを出せるぐらいの研究者層がだんだんと形成されてきているということが言えるのではないか。
 会員数がふえているという話をしましたけれども、図書館情報学会も、やはり会員数がかなりふえていると思います。この図書館情報学という分野の研究者層そのものが厚くなっていく中で、そのある程度の一翼を担っているのが図書館史研究なのかなと。ならば、その図書館史研究というのは、どういうようなものなのかということで私にお呼びがかかったのかなと思ったのですが、そういうことでもなさそうですね。(笑)
 三浦先生から、とにかくオーラルヒストリーについて話をしてほしいという話をいただきまして、ならばということで最初につくりかけていたレジュメは捨てて、オーラルヒストリーだけに限っていきなり話をすることになっています。そうすると、皆さんたちからすると、ややわかりづらいところがあると思いますが、そのあたりは後から三浦先生、それから吉田先生に補っていただくことになると思います。(以下、パワーポイント使用)
 前置きはそのぐらいにしまして、このタイトルは日本図書館研究会の一研究グループである、オーラルヒストリー研究グループの活動についてとしましたが、別にこのグループに限らず、これまでも単発的に聞き取り調査というものは行われてきているわけです。しかし一定程度の組織をつくって、そして継続的に行っているという点でいけば、この研究グループはそれなりに継続的に組織的にやっていることは確かなわけです。その中から浮かび上がってきた課題などを、今日は経験談という形でお話しをしていきたいと思います。
 まず、この研究グループがそもそもどうして発足したかといいますと、これは私の記憶ですと多分1990年のいつだったか、図書館史研究会の運営委員会の雑談の中で、資料が十分でない状態の中で例えば聞き取り調査などをちゃんとやったらどうなのかというようなことを話して、間もなく当時椙山女学園大学短期大学部におられた川崎先生のほうから、そういうグループをつくらないかというようなことを呼びかけられました。多分、川崎先生は川崎先生で、特にアメリカの研究動向を踏まえて、日本でもしっかりとしたオーラルヒストリーをやれないかというようなことをお考えになっていて、一方で山口源治郎さんなどと日本でもというようなことで、やはり雑談めいた形の中で話をしているときに、たまたま私からもそういう話が出て、それではやってみようかということにつながっていったのではないかと推測しています。
 そのメンバーが数名集まって、ではこれからどういうことをやるかということで協議をして、日本図書館研究会の研究グループにしようということになっていきました。研究グループになるということは、それなりの書類を出して申請しなければいけないわけで、その書類の中で、川崎先生がごらんのようなことを述べておられます。これが、川崎先生といいますか、我々のある程度の共通した認識であったと言えると思います。
 話はちょっと横道にそれるかもしれませんけれども、日図研の研究グループの一つになるということについては当時から議論があり、今でも議論があります。つまり、メリットとしては、非常にささやかですけれども補助が出るということ。これは確かに大きいと思います。それから、これも一つのメリットなのかもしれませんが、研究グループである以上は、ちゃんとした報告を出せということになっています。つまりノルマがあるわけで、そうしたノルマがないと特に私のような無精な人間の場合、まあいいやというようなことで、ついつい何でも後回しにしてしまうものです。日図研の大会で発表しなければいけないからそろそろやろうかとか、そういう非常に低い志がありまして、これがいいような悪いようなという部分です。
 もう一つ悪い面とすると、やはりひもつきであるということで、自由な活動ができない部分があります。ご承知のことかもしれませんが、日図研というのはどちらかというと公共図書館の関係者が多いんですね。現場の方が多い団体でして、その研究もそうした現場に立脚した方々のグループが多くて、比較的短期的な研究テーマで1年に一度ぐらいずつ、簡単なと言っては怒られるかもしれませんけれども、簡単なレポートを大会でして、また次にというようなことでやっていきます。その中で、歴史研究というのは毎年度必ず成果を出せるということではないので、そういう点で毎年この発表に苦労しているというのも実情です。ひもつきになるということについて、いま申し上げたようなところでいろいろと今も悩んでいる部分があります。
 それはさておきまして、いよいよ研究グループとして認められて動き始めることになるわけですけれども、一応目的ということです。これまで図書館史というと、主に文献資料に基づいて行ってきた。その文献資料というのは、実は例えば日本の場合でいけば『図書館雑誌』であるとか、アメリカでは『Library Journal』とかそういったものにとどまっていたわけです。それではこの研究に限界がある。後で、この辺は三浦さんからも話があると思いますが、もっと何か別の資料、一次資料がないかというようなことが言われています。今日のまとめにもつながってきますが、特に日本の場合、これは図書館に限らずアーカイブというのが残念ながら非常に貧しい国です。日本という国そのものが、歴史をあまり大切にしない国なものですから、しようがないといえばしようがないわけで、図書館というところも自分たちの活動の記録などをしっかりと残しておくことをしていません。
 したがって、先ほども申し上げたように日本の場合でいきますと、せいぜいこの『図書館雑誌』のバックナンバーをひもといて何か書いてしまうというような研究に、従来はとどまっていた部分がある。ならば、むしろ自分たちで資料をつくっていくというようなことも必要ではないかということで、関係者に話を伺って、従来の文献資料ではうかがい知れなかった部分を記録として残していく。これをやったらどうなのかということです。
 そこで具体的に何をテーマとしようかというところで出てきたのが、『中小レポート』の成立過程ということになってきました。ある意味、この研究グループの発足というのは、『中小レポート』に関する記録をしっかりと残そうというためにつくられたという部分が大きいのかもしれません。
 インタビューですけれども、漫然とただどうですかと聞くのではもちろんだめであろうということで、実は我々の場合は組織として、徹底的な関係資料の収集とその分析をまず行うというところから始まります。例えば92年から発足したわけですけれども、実際に『中小レポート』の関係者のインタビューが実施されたのは1年以上後になります。この『中小レポート』については、実は日本の図書館の歴史の上では大きな出来事であったわけで、少ないと言いながらも随分たくさんの資料があります。それらを網羅的に集めて読み込んでいくということを行いました。
 そして、網羅的に集め、読み込んでいく中で幾つかの疑問点などが浮上してくる。その疑問点を整理して質問項目をつくっていく。これが1年以上かかったということです。あとは質問項目について、質問する人間を決めて実際にインタビューを行っていくことになりました。川崎先生も書かれていますけれども、むしろインタビューするまでのほうが楽しかったということが言えるかもしれません。インタビューそのものは、これまた後の話につながりますけれども、多分こんな答えだろうというようなことがある程度わかるような段階にまで来ているということが言えました。そして、そのインタビューのテープを起こして、活字にしていくということが次の段階に来るわけですけれども、これは本当に機械的な作業でして、あまり楽しいものではなかったということになります。
 実はこの『中小レポート』の調査ということで始まったのですが、その前段という形になるんですけれども、小さな聞き取り調査を一つ行いました。先にそちらの話をしておきます。渡邊ハナ子さんという女性で、この方が当時既に90を超えるご高齢の方だったのですが、初期の養成所、(文部省図書館)講習所の卒業生だったんですね。この渡邊さんよりも上の世代の講習所の卒業生はもういないという状態でした。講習所はさらにその後、図書館情報大学につながっていくわけですけれども、この講習所などの教育の実践については、意外なほど記録が残っていないんですね。これは現在の筑波(大学)になりましたけれども、書庫などをいくらあさっても何も出てこないのが実情です。別に戦災で焼けたわけでも何でもないのですが、これが日本の役所のさがなのかもしれませんけれども、とにかく古い記録はみんな捨てていくわけです。わずかに(残っているのは)同窓会の記録とかそういったものになる。そして、例の『図書館雑誌』に載った記録、そのくらいなものでして、最初のころどんなことをやったのかというのがよくわからない。ならば、ちょうどいい機会だから、まだお元気なので聞いてみようかと。これは失礼ですけれども、その後やる『中小レポート』関係のインタビューの一つの練習台にもなるのではないかという意識でやったものです。
 その練習台ということでやったわけですけれども、結果とすると決して十分な聞き取りができませんでした。まず一つは、ご高齢ということであまり昔のことをよく覚えていない。例えば自分自身のことも振り返ってもそうだと思うのですが、大学のときに司書課程でどんな授業で何をやったかと言われても覚えていない。皆さんいかがでしょうか。ごくごく断片的に、そういえばこんなことをやったな、みたいなことは仮にあったとしても、全体のカリキュラムがこうで、テキストがこれでということはまず覚えていない。それを聞き出そうというのですから、これはそもそも間違っていたということなのかもしれません。
 それでも何かとにかく聞いてみたい。聞いてみれば何かがわかるかもしれないということで、こちらとして集めるだけの資料を集めた上で、いろいろと話を伺ってみたのですが、文献にある以上のことは引き出すことができませんでした。というか、これまた後の話になるのですが、記録ではこうありますと言うと、ああ、そうですという形になってしまうんですね。ほかにもいろいろありましたけれども、インタビューというのはなかなか大変なものだなというのがわかったという点では、これはそれなりに意義があったインタビューでした。
 さて、この前段の渡邊ハナ子さんインタビューが行われたわけですけれども、なぜこんなことをやったかというと、もう一つは『中小レポート』関係のインタビューについて、まず文献の収集と分析にかなり手間取ったということです。『中小レポート』関係は本当にいろいろな資料なども出ていまして、それらを読み込むだけでかなり骨の折れる仕事でした。コピーだけでも数十センチの量になってしまいました。ようやく読み終わって、実は石井敦さんに対してプレインタビューという形で一度、予行演習をやらせてもらった上で、いよいよ93年の暮れから一気に6名の方にインタビューを行うという形になりました。
 このインタビューそのものについては、一定程度うまくいったと言っていいと思います。なぜかというと、何せこのお名前を挙げた方々は大変著名な方ばかりでして、その後も実際に図書館関係のいろいろな分野で活躍をされているということで、話を聞くだけでもこちらにしては本当にいい勉強になりました。かなり詳細に証言をしてくれました。
 それから石井さん、それから森崎さんからは、未公刊の当時の委員の中で配ったような資料などの提供も受けまして、これが後から協会で出した本にも載せられていますけれども、これが大変いい記録(史料)になりました。我々が聞けば、それに対して明確な答えがしっかりと返ってくるというインタビューだったと思います。
 この成果については、日本図書館協会から1冊の本にまとめることができました。そういう点では大変にうまくいったインタビューだったと思いますけれども、考えてみると、一方で反省点も多かったと思います。これは私のレジュメの最後のところになりますが、やはり『中小レポート』といいますと、中心人物は有山ッ(たかし)という当時の日本図書館協会の事務局長です。彼は既に亡くなっているわけでして、彼から話を聞けないというのは大きな痛手でした。例えば、なぜ皆さんたちはこの『中小レポート』をつくるための中小図書館運営基準委員会の委員になったんですか、どなたが決めたんですかと聞いても、いや、よくわからないとだれもが口をそろえて言う。これは多分、有山さんじゃないかというような形で、なぜ自分がそういうことになったのかもよくわからない。そういうようなところから始まって、肝心なところと我々が思うようなところについては、どうも記憶があいまいといいますか、やはり肝心なことについて決めていたのは(有山さんだった)。委員長は清水正三さんですけれども、その清水正三さんに聞いても、どうもよくわからないということで、どうやらこの有山さんが大きな役割を果たされていた。その有山さんから話を聞けなかったというのは、やはり痛手でした。
 それからもう一人、亡くなってしまったということでいきますと、森博さんという方が、初期の段階では中心であったということを証言いただいたのですが、その森さんも亡くなっていて、初期のころのいろいろな事々が意外に不明のまま残ってしまったということがあります。
 それから、とにかくこの『中小レポート』というのは大変有名なものですから、こうした元委員の方々は、実は前々からいろいろな雑誌などでインタビューされたり、あるいはご自身で文章を書かれたりということをしているわけで、そういったものが一種の既成事実になって積み重なっていて、いつの間にかそちらに引きずられてしまうといいますか、記録によればこういうふうになっていますけれどもと言っても、いや違うということになってきます。私のレジュメの中では「記憶の上書き」というような表現をしましたけれども、案外後から積み重なっていってしまうところがあります。これについては今回、私がこうやってレジュメをつくっているときにもつくづく感じました。三浦先生からやれと言われて、慌てていろいろな資料をひっくり返すわけですけれども、もう10数年前のことというのはあまり覚えていなくて、どうしても何か昔の記録をひっくり返して見ることになる。そうすると、そこに書いてあることが、ああ、これなんだということで、もしかしたら違っているかもしれないけれども、記録が自分の記憶になってしまうということが、今回についてもやはりありました。この辺が意外な難しさということです。
 それから、どうしても話してくれなかったことが幾つかあります。まだ語れないことがどうやらいろいろとまだあるようです。それから一方、図書館員といっても、あまり保存については得意ではない人がいるわけでして、引っ越しなどもあったんでしょう、こういった委員会のいろいろな資料などをどんどんと捨ててしまったという人もいて、聞いてもそれはちょっと覚えていないというようなことがあったというのも事実です。

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