<<< back

エビデンスベーストアプローチによる図書館情報学研究の確立
第5回ワークショップ
「図書館史研究にとってエビデンスとは何か?」

議事録

開会の辞 | 発表T(小黒:前半) | 発表T(小黒:後半) | 発表U(三浦) | 発表V(吉田) | 質疑応答

::: 発表U(三浦太郎氏) :::

池内
 それでは続きまして、お手元にございます「図書館史研究にとってエビデンスとは何か?」という三浦先生の作成してくださった資料をご参照いただきながら、発表をお聞きくださればと思います。
 それでは、よろしくお願いいたします。

三浦指定討論者
 東京大学教育学部で助教をしています三浦と申します。よろしくお願いします。
 今、小黒先生にお話しいただいたオーラルヒストリーが図書館史の中で注目されているわけですが、ではそもそも翻って日本における図書館史研究の動向というのは一体どうなっているのだろうかということを15分程度、補足的にご説明したいと思っています。
 最初は、お配りした資料の半分に折っていただいてノンブルで「1」とあるところに沿って見ていきたいと思います。そもそも日本における図書館史研究というものがいつごろから始まったんだろうかという話からですが、戦前の時期にはほとんどなされていません。1921年に(設置された)図書館員教習所、これが後の先ほど名前の出ていました図書館講習所というものになって、図書館員養成所から図書館短大、そして図情大につながっていくわけですけれども、ここで講義されていた東大の司書官だった和田万吉先生が、『図書館学大綱』というものをまとめていらっしゃって、その中で図書館史に関する言及を行っている。あるいは、関西のほうで図書館の研究をされていた竹林熊彦、小野則秋、さらには武居権内といった方たちが、1920年代から30年代、大正末から昭和の初期にかけて、こうした日本の文庫の歴史について研究をまとめられているということがあります。武居さんは『図書館雑誌』に「日本図書館史の方法」、研究方法ということでお書きになっています。
 実際に図書館史の研究に対するまなざしが芽生えてくるのは、戦後のことだろうと言って構わないかと思います。1950年代、図書館法が制定されて、大学教授課程の中に司書課程が位置づけられるようになってから、図書館がそもそもどうして存在しているのかといったことへの問題関心が生まれてきます。
 1952年のことですが、『図書館雑誌』に特集「図書館史の方法」が組まれまして、その中で伊東弥之介という人が、近代的な図書館とそれ以前の文庫とを全く分けて考える必要があるのではないか、日本的なものと欧米的なものとの成立の背景を一緒くたにして論じてはならないということを述べました。また、先ほど名前も出ていました石井敦先生が、日本の図書館のあるべき姿を探るため、一体どういう形で展開してきたのかを検討する必要性があるのだということを力説されています。
 これを受ける形で、関西のほうでは『図書館界』に「戦後日本における図書館学の発展」についての特集が組まれたのが1959年のこと(であり)、また、九州の西日本図書館学会が刊行していた『図書館学』誌上では、永末十四雄、西村捨也といった人たちが、図書館史の意義について考察を世に問うていくという形になります。
 これを受けて、いきなり図書館史の研究文献というものが出てきたわけではなくて、1950年代から60年代にかけては、図書館ごとに30年とか50年の節目を迎えていったわけですけれども、そこで図書館の一館史が刊行されることになりました。初期の段階では、岩手県(県立図書館)の30年史だとか山口県県立図書館の50年史といったものが、例えば当時の新聞資料ですとか雑誌の中に見られた図書館といったことに注目しながら記述を載せていました。
 その中で特色があると評価されたのが、1966年に石井敦氏を中心にして刊行された『神奈川県立図書館史』でした。図書館史の中では、編年体的な、あった出来事を記述する年表スタイルのものが多かったわけですけれども、そうしたものをはなから否定して、社会構造との対応関係で図書館を位置づけていこうという意識が明確にここで打ち出されることになります。
 後に、先ほど名前が出ました永末十四雄は、『神奈川県立図書館史』について次のように評価しています。「「館史」の類は殆ど図書館創立の*周年記念に編集刊行されたもので、若干の例外を除けば行政資料に通有の方法的な制約があり、叙述は批判や意見を抑制して非個性的である。それらの内容は、主として設立事情や端初の運営形態を叙述した部分と、戦後の整備過程で構成されるが、一般に後者に多くの紙数が割かれ、編集時に近いときほど叙述は詳細となる傾向が見られる。…歴史というからにはまず問題意識にしたがって対象が選択され、分析し批判し総合化する過程を経なければ、単なる事象の羅列に終わってしまう。「館史」の多くは図書館史研究としての条件を満たしきれず、その素材となるにとどまっているのも少なくないが、沿革史の域を超えたものがある。その筆頭に挙げられるのは、『神奈川県立図書館史』(昭和41年)で、石井敦氏をはじめ戦後派の中堅図書館員が総合研究の結果を分担執筆したものである。時代区分と図書館の類型、図書館運動の主体、図書館普及と運営形態、図書館人の列伝など歴史的諸要素を分析し総合化したはじめての本格的な地方図書館史である」。こういうふうに評価されるものでした。
 そうした社会とのかかわりで図書館を見つめていく、とりわけ20世紀の戦前の時期、明示末から大正、昭和初期にかけての時期の日本の図書館の発展というものをどのようにとらえていくのかということが、この60年代から70年代にかけて大きく焦点化されていくことになりました。そこで、そもそも図書館とは何かという本質への問いかけがなされることになり、72年には石井敦『日本近代公共図書館史の研究』であるとか、時代がもう少し下りますが80年代に入って、永末十四雄の『日本公共図書館の形成』、塩見昇の『日本学校図書館史』といった、公共図書館や学校図書館でのその後の基本文献とされるような著作が出ていくことになります。
 石井敦氏の言葉によれば、「図書館史は、図書館における過去の出来事をあれこれと論じているだけのことではない。それは、現代の日本の図書館がいかにあるべきか、という切実な問題に応える学問である。過去の図書館のあゆみを通して、これからの図書館のあり方、すすむべき方向を探求する学問である。したがって、一つ一つの歴史的事実を、現在の問題意識においてとらえなおすわけであり、研究する者の問題意識が図書館史研究の出発点になるといってよい」。そういうことで、問題意識を明確にした上で研究手法を駆使していくという考え方が浸透していくことになりました。
 この当時、1980年代のことになるのですが、主にそうした研究は関東では図書館学会、関西では日本図書館研究会が中心になってなされていたわけですけれども、関東のほうでそうした図書館史研究のやり方が十分ではない、あるいはこの当時、司書科目の見直しということもあって、図書及び図書館史を削除する、しないといった議論があったわけですが、そうした図書館史の軽視というものが改めてクローズアップされてきていて、それで図書館史を専門に研究する団体が必要であろうということで、1982年に図書館学会から独立する形で日本図書館史研究会、現在の日本図書館文化史研究会が発足することになります。中心となったのは、石井敦氏外、川崎良孝氏であるとか、河井弘志氏であるとか、その当時、図書館史の論考を主に発表していた方々でした。ここにおいて1984年から機関誌『図書館史研究』が発行されて、図書館史を扱った論考が主に掲載されていくことになります。
 設立メンバーの一人であった岩猿敏生氏によれば、「図書館というひとつの社会的制度なりあるいは社会的施設を研究対象とする学問は、当然社会科学の一分野であります。社会科学は一般に歴史研究、理論研究、政策論の三分野を持ち、この三分野は相互に緊密な関係を保って発展していくべきものです。…歴史や理論研究は運動論のたんなる手段として御用学問化されるのではなく、運動論を批判、修正しうるものでなければなりません」というふうにその立場を述べていらっしゃいます。
 先ほどの石井氏が、現場に根差した問題意識というものを非常に重視していたのに対して、もう少し学問の独自性といいますか、独立性といったものを意識する志向性が芽生えたということです。
 ここでなされていた図書館史の研究方法論、エビデンスに当たる部分は、これは当たり前のことになりますが、史料の収集、批判的な検討を行い、それに対する解釈をもとに歴史的な事象を構成していくということが1点目、そして2点目が研究対象である図書館事象を、研究者の問題意識に基づいて解釈し、構成していくのだということで、この二つが図書館史におけるエビデンス(証左)の提供を形づくっていると考えています。図書館史研究を通じた歴史性の顕在化によって、現在、自明である事柄についての問い直しがなされていくのだということです。
 その後、1980年代から90年代にかけて、そうした問題意識を持つということが大切なことはわかったけれども、その問題意識を構成していくような史料というものに注目が集まっていくことになります。先ほど小黒先生のお話では、その史料が各図書館にあっても検索手段などが発達していないために、そこにあるはずのものがなかなか見つからないという問題があるというご指摘がありましたけれども、そもそも史料自体がないということに対する打開策がいろいろ考えられていくことになります。
 そのうち大きくは二つの流れがあると考えています。一つは、全く新しい文献、文書史料を探索すること。この流れに位置づけられるものが、東京大学教育学部の根本彰先生が中心になって進めた、占領期図書館研究であろうと思います。既に占領期の研究については、1970年代から政治・経済分野において、アメリカ側のナショナル・アーカイブに保存されていた資料を用いた研究が進展していましたが、これが1980年代に教育学の分野に波及していくことになり、90年代に入って図書館学、図書館史の領域でもそうした資料を用いた研究が志向されることになりました。  根本氏の言によれば、「欧米由来の図書館思想を育て上げていく過程を近代日本と仮定するならば、戦前の土壌作り、戦後の生育期に挟まれた種まき期(=占領期)の実態を正確に捉えることなくして、現状を把握することはできない」ということで、先ほどの問題意識、現在の図書館がある姿というものは、なぜこの姿になっているのか、その際に用いる資料としてGHQ(連合国軍総司令部)の民間情報教育局(CIE)でつくられていた文書・文章を中心に見ていくことで、そうした政策の実態を明らかにしていこうという志向性がありました。
 一方、その文献史料の制約に対する打開策のもう一つの流れが、今日、小黒先生にお話しいただいたオーラルヒストリー研究の流れではないかと考えています。文献ではない、新たな史料を探索していくという筋道です。オーラルヒストリーの研究については、日本では1980年代の後半、『歴史学研究』に特集「オーラルヒストリー:その意味と方法の現在」というものが出されています。その中ではオーラルヒストリーとして、伝承、口述史のほかに、文献資料と聞き書きを組み合わせて書いた歴史書というものが挙げられています。既になされていた伝承や口述史の流れとは違ったものとして、3番目の視点を取り入れて、それを聞き書きとか聞き取り調査といった言葉ではなく、片仮名語でオーラルヒストリーというふうに呼んだものと思われます。
 トンプソンによれば、「オーラル・ヒストリーの最大の利点は、ほかの史料を使うのに比べて本来的に複数的な視点を再構成できることにある。…既存の資料の多くは、権威者の視点を反映しており、歴史的判断が権力者の知を批判しないことが多かったとしても不思議ではない。対照的にオーラル・ヒストリーは、貧困層、非特権層、打ち負かされた人々の証言を得ることによって、より公平な歴史的判断…より現実的で公平な過去の再構成を可能にし、既存の歴史記述に挑戦するものである」。
 つまり言いかえるならば、オーラルヒストリーは個人の主体的な力を見ることができ、戦後日本の社会史や文化史研究において、政策中心の研究であるとか表象から見る研究とは異なる観点を提供する可能性を秘めたものである、というふうに位置づけられるかと思います。
 ただ、実際にそうした研究を行う際には、アメリカと日本の場合とは文化的な風土・土壌が違っていて、そうした今まで文字化されていなかった部分を口述によって記録化していくのには、なかなか難しい点があるということは、先ほど小黒先生のお話を伺いながら、なるほどなと思った次第です。
 最後になりますが、山口源治郎さんの言葉によれば、「「現代の思想的潮流の危うさは、部分だけを見て全体を判断すること、あるいは批判する対象を矮小化したうえでその欠点をあげつらおうとしていることに起因している」と間宮陽介(京都大学経済学部教授)は指摘している。…図書館の「これから」を構想するに当たっては、何よりもその歴史認識と現状認識の的確さが求められる。とりわけ、現代日本の公立図書館の基本的枠組みが形成された50年代から70年代、およびその後の社会変化、政策動向などと図書館の関係が総体として分析評価される必要がある」という指摘があります。これが図書館史の研究においても受けとめられるべき事象であると考えています。
 発表の骨子は以上のような形ですが、最後の裏面のほうに簡単にではありますけれども、1980年代から2006年、去年までの図書館史に関する日本の研究の動向を数字的に見ておきました。『学会年報』は80年代の10年間については、論文、研究ノート、資料、翻訳の延べ掲載件数は136件で、うち図書館史関連である、ある図書館的な事象に関して歴史的な経過を説明したもの、あるいはその背景にある社会的な視点を持ったものととらえられた文献が57、4割強ほどありました。それが90年代になると2割ほどに減って、現在、『図書館情報学会誌』では、55件のうちの8件程度という形で、若干学会に掲載される論文の中では比重は下がっているかなという形になっています。
 それに対して、先ほど学会のほうから分離独立する形で発足したという日本図書館文化史研究会のほうでは、掲載件数は必ずしも多くはないのですけれども、論文、研究ノート等々、継続的に発表が行われている状況です。
 また、一応論文については査読を設けている関西のほうの『図書館界』については、80年代、90年代にかけて大体2割程度、図書館史の文献があったのですが、2001年以降はかなり現代的な話題にコミットすることが多くなって、この割合は落ちてきているということです。
 余談ですけれども、三田図書館情報学会の『Library and Information Science』では図書館史についての着目はそれほど大きくはないという形になっていました。(笑)
 また、図書館史の関係文献、『学会年報』と『文化史研究』に掲載されたものの対象国とその時期について見てみますと、先ほどの『学会年報』のほうでは図書館史関連の文献57、24、8あったうち、日本が大体25、7、4ほどあって、そのうち戦後あるいは20世紀の時期を対象にしたものが20、4、4ということで、かなり大きな割合を占めています。戦後、20世紀の半ば以降の歴史的事象に関する注目が集まっていますので、先ほどのオーラルヒストリーの手法も模索しながら検討していくことになるかと思っています。
 『図書館文化史研究』のほうでは、やはり大体半分強ぐらい日本のものということになっています。また、それ以外、『学会年報』と『図書館文化史研究』以外、『図書館界』や『図書館学』、あるいは大学の紀要などに掲載された非査読の論文については、図書館史に関係するなと思われたものが80年代については130弱ぐらい、90年代については100弱ぐらい、2001年から2006年については40ぐらいという形で今、推移している状態です。やはり日本のものが、その場合は考察対象が大きな割合を占めているということがわかるかと思います。
 また、これは報告書も含むのですが、図書館史の関係図書の刊行点数は年間に大体3点から4点程度で推移しています。2001年以降は、翻訳書が京都大学の川崎良孝先生を中心にして定期的に刊行されることが多くなっているので、数としてはふえている形になっています。
 これが現在、ここ20数年ぐらいの図書館史研究の動向を数字で追ったものということでした。発表は以上で終わります。

池内
 どうもありがとうございます。日本における図書館史研究等の鳥瞰図を描いていただき、時代の流れ、及び最後はデータできちんと説明していただいて大変興味深いご発表でした。
 どうもありがとうございました。

<<< back